日本人の感覚からすると、仮設住宅に暮らしているというだけで生活が大変なのでは、と同情の目で見てしまいがちですが、確かに不便なこともありますが、こちらが思っているよりも平然としているのかもと感じ始めました。
そう感じさせたのは、何もこのことだけではありません。
白鹿鎮には白鹿中心学校という小・中学校が1つになった9年生の学校があります。地震によって破壊されたものの、倒壊は免れたために犠牲者はでませんでしたが、あまりにも危険なために校舎として使うことはできず、廃墟となりました。しかしそこが今や、観光地として生まれ変わろうとしているのです(詳しくは閔アナウンサーのリポート「中学校遺跡」をご覧ください)。我々が白鹿鎮を訪れていたわずか2~3時間の間でも、観光バスが到着し、大勢の観光客がこの学校を訪れていました。これはもう地震による「経済効果」が相当あるのでは、と思いました。事実、北京の書店には「汶川地震遗址游(ブン川地震旧跡観光)」と題した地図が売られており、この白鹿鎮も掲載されています。商店の人たちの表情が明るかったのも、これが一つの理由なのかもしれません。地震の後でも「没問題(問題ない)」どころか、地震が村おこしにつながるのでは?と思えました。たくましく生きる白鹿鎮の人たちを見たような気がしました。
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