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深衝村入り口 |
竹林に囲まれている |
中国安徽省の黄山市に、「絵のように美しい里」として知られ、映画などにもよく登場する有名な所があります。「イ県」という県です。世界遺産の黄山からは車で30分、そして、イ県自身にも世界遺産の古い村落(西逓、宏村)があります。そして、自然風景や田園風景も美しい。こんな豊富な観光資源と豊かな自然環境に恵まれたイ県が、最近、ある試みを始めました。それは、世界遺産の観光だけではなく、田園風景と農村生活が体験ができる農村観光と、農村のインフラ整備と農民の民宿経営による暮らしの改善を両立させる取り組みです。
イ県の総人口10万人。その約8割が農村で暮らしています。また、地形の8割が山間地帯で、昔、ここに入るには、山の中にある細い穴をくぐってからでないと入れませんでした。六朝時代の詩人・陶淵明が書いた『桃源郷』で描かれた風景と酷似していることから、「桃源郷の里」とも呼ばれています。
今はその細い穴は道路工事の際に爆破され、交通が便利になりましたが、山々は青々とした木々に覆われていて、桑畑や水田、竹林、茶畑などの田園風景が目と心を癒してくれます。
イ県は観光業が盛んなところで、去年一年間に、延べ242万人がここを訪れ、GDPの4割以上が観光業からの収入です。しかし、大半の人は世界遺産を一目見たくてやってきた人で、それ以外の広い農村地帯は観光業によるメリットを享受することはできません。地元政府にとっては、このことが大きな悩みでした。
ここ数年、中央政府が社会主義新農村建設という農村振興を目的とするプロジェクトを打ち出したことから、イ県はその突破口を農村観光に見出しました。
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イ県観光委員会・金主任 |
モデル世帯 |
イ県観光発展委員会の金忠民副主任のお話です。
「これまでの観光業は古い村落の見学がメインなので、一部の農村しか、メリットを享受できませんでした。もっと多くの人に観光業のメリットを享受させたい。イ県は工業を発展する条件は備わっていないが、豊かな自然環境に恵まれおり、しかも、大部分の農民は農業に専念しています。
一方、都会の人たちは生活レベルの向上に伴い、農村や自然に回帰したい願望が強くなっています。イ県は上海、杭州など経済の発展が早い長江デルタ地域に近いため、息抜きに農村生活を体験したい都会人を対象にして、農村観光を発展させることができます。
農村に観光客を迎え入れるには、先ずは、道路を作ったり、水道や排水システムを整え、また、台所やトイレの改造を行い、メタンガスの池を整備したりすることから始めなければなりません。このようにして、観光開発と新農村建設の両立を図っているのです。」
金副主任によりますと、イ県は、去年から相次いで県内の三つの村を農村観光モデル村落に指定しました。それぞれ、桃の栽培やお茶の産業などで特色を出しています。これらの村落のインフラ整備には、すでに300万元を投資しています。また、モデル村落の指定を受けた村や農家に対して、政府からは様々な指導や支援が行われています。
「農民を産業化の一環に組み入れるため、政府は民宿管理に関する基準を作りました。農家はその基準に合わせて、自由な意志に基づき、モデル民宿としての申し込みを行うことができます。政府は申込者に対して、審査をし、その後、トイレや台所の改造工事や、客室の整備についても指導をします。審査に合格した後、モデル民宿の看板が配られ、政府の補助金を受け取ることができます。」
金副主任の案内で、農村観光モデル村落の一つ「深衝村」に行ってみました。深いという漢字に衝動の衝と書く村です。
総人口500人、主な産業はお茶の加工業です。最近、この村の人は全国各地に出かけてお茶の販売をするようになり、利益を上げることができるようになりました。このため、イ県の中でも、比較的豊かな村で、農民一人当たりの1年間の純収入は5000元に達しています。
イ県の県政府の所在地からおよそ2キロ離れていて、車に乗れば、あっという間に到着します。村には竹林が茂り、鏡のように静かで、透き通った湖もありました。
村人の生活は比較的豊かなので、民宿に必須な家屋はしっかりしている。また、県庁所在地から交通のアクセスが便利で、町の人が気軽に行ける上、豊かな大自然に恵まれている。さらに、お茶の加工業という特色ある産業があるので、茶摘やお茶の加工作業を観光の一環に取り入れることが出来る。そんなことが、この村をモデル村落に指定した理由のようです。
村に入った途端、綺麗な道路と街灯に目を奪われました。金副主任の紹介によると、街灯は太陽エネルギーを使う環境にやさしい電気を使っています。これらはすべて、モデル村落に指定されてから、整備されたものです。
金副主任の案内で、竹の垣根で囲まれている農家の庭先に入りました。2階建ての家は白く塗られてあり、たいへん清潔にしてあります。玄関脇の壁には、「農家楽モデル世帯」と書かれた看板が掲げられています。
農村の農に、家に楽しいと書く「農家楽」は、日本語では、食事や宿泊提供ができる「民宿」に当たります。家のまん前に、野菜畑があり、トマトやキュウリ、ナス、ネギ、唐辛子などが植えられています。
民宿のご主人が迎えてくれました。40代半ばの呉竈伯さん。お料理がたいへん得意で、20年前から、父親と一緒に県庁所在地の町で飲食店を経営していました。
呉さんが、自宅の一部を改造して、民宿を始めたのは去年の11月です。摘みたての新鮮な素材で作る手料理や、新鮮な空気と青々とした緑に囲まれた田園風景の中で、ホット一息、息抜きができるところが、ここの魅力です。
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料理を作っている最中の呉さん |
呉さんの民宿ー客室 |
呉さんのお話です。
「この家は15年前に建てたものです。しかし、父親と一緒に町でずっと飲食店を経営していましたので、この家は空き家になることが多かったのです。それが最近、県の観光業が勢い良く発展し、村も農家による民宿の経営を奨励していますので、自分もやってみようかと思うようになりました。まあ、自分は元々料理人なので、民宿ならうまく経営できる自信があります。」
呉さんの民宿はツインベッド一部屋で一泊100元。一度に10人泊まることができます。普段は家族で経営していますが、忙しい時は親戚の手を借りることもあります。呉さんの話によれば、五月と十月の連休の時は、省都の合肥市や近くの上海や杭州から客が大勢訪れてくれました。たいへんな賑わいぶりだったので、合肥市の大学に行っている子どもたちもお手伝いに帰り、親戚も手を借してくれたので、無事乗り越えたことができたということです。
呉さんの家のほかに、今のところ、「農家楽モデル世帯」、つまり、民宿のモデル世帯に指定された家は4世帯あり、来年は更に増やしていく予定だと金副主任は次のように話してくれました。
「政府が農村観光に力を入れるようになったのは3、4年前からです。とりわけ、新農村建設のプロジェクトが始まってから、政府の支援が一層強まりました。この動きは農民から歓迎されています。
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呉さんの家の玄関 |
呉さんの民宿ー外観 |
民宿をやってみたくても、マーケットをどうやって開拓していけばよいか、分からない農家もありますので、それに対して、政府はパンフレットを作ったり、様々な広報イベントを主催しています。また、モデル民宿を申請したくても、リスクを恐れて申請する勇気のない農家もあります。
現在、政府の資金は十分ではありません。資金が限られているので、先ずは、潜在的な力のあるところに投入して、モデルの村や民宿を養成することから始めることにしました。モデル民宿の効果が明らかになってくれば、もっと多くの村や農民も意欲的に参加してくれると期待しています。」
ところで、民宿を始めてまだ日は浅いという呉さんは、今後、まだ改善すべき点がたくさんあるとおっしゃっています。呉さんから渡された民宿の名刺には、電話だけでなく、メールアドレスも印刷してあります。
「今、ホームページの制作をしている最中です。これからは、インターネットも活用しないとビジネスが成り立たないと思っています。」
「私たちの村は良い自然環境に恵まれているし、政府の支援もあるので、これから、民宿観光が必ず栄えていくと自信を持っています。」今後については、自信満々です。(取材・文:王小燕)
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