「いや。貴公にそこまで言われたのでは、わしは引っ込むことは出来ん」
「そんな。いいではないか!わしがふざけて言ったまでのことじゃ」
「いや、さきほど、貴公の屋敷のものも、わしを馬鹿にしておった」
「それはすまんことをした。後できつく叱り付けておこう。で、いまさっきの話はなかったことにしよう」
「だめだ!わしは今夜、この庭の部屋に泊まるわい!」
これには荘令も困ってしまい、奴さん、また悪い癖が出たな、と頑固な親友をみていう。
「それでは仕方あるまい。一旦言い出したら引かない貴公のこと」と荘令は手を叩いて屋敷のものを呼び、熊本が今夜、庭の近くにある部屋に泊まるから、部屋を片付けておけと命じた。
こうして二人はまた飲み始め、また明日の晩に飲もうと荘令は奥に入り、熊本はかの庭の部屋に入った。このとき、熊本はかなり飲んでいたのでいくらかふらついていた。しかし、自分が強情張って言い出したもんだから、もうどうにもならない。さいわい、荘令が万が一といって剣を持ってきてくれたので、部屋の明かりをつけたまま、床の上に座って酔いざましのお茶をすすっていた。一方、荘令は、化け物がいるなどと信じていないので、奥でとっくに寝てしまっている。
やがて夜半になり、熊本は眠くなった。そこで「今晩は、化け物などはでないだろう」と思って明かりを消そうとしたとき、急に窓が開き、冷たい風が入ってきた。これに熊本は酔いが半分醒めた。そのとき、床の横の机がガタリと揺れ、どうしたことか、どこからか酒の入った杯が浮かんで来たかと思うと、かの青い腕が現れた。
「こしゃくな!これぐらいで腰を抜かしてはならん」と熊本は自分に言い聞かせ、震え始める自分を励ましてから大声で言う。
「何だ!さっきの酒泥棒め!そんなことでわしを驚かそうとするのか!あまい!あまい!」
すると、窓から大きな毛むじゃらの足がぬっと入ってきたので、びっくりした熊本は床から下り、剣を抜き、しっかり握って構えた。
すると、人を縦に真っ二つに切ったような化け物の右側が部屋にのっそり入ってきて「うひひひひ!」と気味の悪い声を出した。そして今度はその左側が「うっひぇ!うっひぇ!」と叫んで部屋に入ってきた。この二つになっている化け物はすぐさま一つになったので、熊本が目をこすって見ると、それは顔の青い、牙をむき出した奴で、目はぎらぎら光っている。
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