今度は「酉陽雑俎」から「息子の嫁にした女子」というお話です。
時は、唐の貞観年間。望苑という町の郊外に王申という人が住んでいた。王申は山腹に多くの樹を植え、それが立派に育ったので、樹を刈って売り、その金で道端に大きなわらぶき屋根の家を建て、夏にはとおりがかりの人に冷えたお茶などを売ったので、この茶店を、旅で一休みするにはもってこいだとする旅人も少なくなかった。で、王申には十三になる息子がいて、読み書きを覚えるため遠くの塾に通い、普段は家の手伝いなどをしていた。
と、ある日、店に出ていた息子が部屋に入ってきてお湯を沸かしている王申に「父さん、若い女の人がのどが渇いたけど、お茶を買う金がないといってるよ」という。これを聞いた王申は、それは貧しい人だろうと思い、「じゃあ、店の中に入ってもらえ。今、わしが出ていくから」とお湯を沸かし終わり、店に出た。みるとその女子はとても若く、十七か十八ぐらいにしか見えなかった。そこで王申はお金は要らないからとお茶を出すと、女子はお茶をおいしそうに飲み始めた。
「あんたはどこから来たのだい」と聞き出すと、その女子は、ぼそぼそと話し始めた。それによると、自分は幼いときに両親に死なれ、その後は親戚の家に引き取られ、十六の時にその親戚もなくなったので、仕方なく、人の世話でここからかなり離れた南の方に嫁いだものの、式を挙げたその日に夫は急な病にかかり死んでしまった。そこで女子はその家を離れてふるさとへ帰る途中だという。そして金もないので、これまでは物乞いをしてここまで来たと話した。
そこで王申は中から妻を呼んだ。出てきた妻はことの仔細を聞いたあと、この女子を品定めするように見ていたが、何を思ったのか、ふるさとはどこにあるのかを女子に聞く。そしてそのふるさとがまだここから遠いことを知ると、王申と部屋に入り、今晩は女子をうちに泊めようと言い出した。これに王申。しばらく困った顔をしていたが、同じ女子の妻が言うことなのでそうすることにした。そこで妻が店に出て今夜はうちに泊まりなさいと言うと、女子は喜んだ顔をしてうなずいた。
こうしてその夜、女子は裏の小屋に泊めてもらった。次の日、この女子は早起きし、なんと進んで家事を手伝い始め、また、妻の代わりに針仕事をし、それがとてもうまいので妻は感心した。そこで、妻は面白半分になりその女子に。「あんた、私の息子の嫁にならないかい?」と聞く。すると女子はまってましたとばかりに「私にはもう頼るところはありませんので、なんでもします」と答えた。これに妻は少し驚いたが、しばらく考えてから王申と話し込み、年はいくつか上だが、この働き者でおとなしい女子を息子の妻として迎えることが決まった。そこでこのことを息子に話すと、息子は何のことかまだはっきりわからなかったが、普段からおとなしいので両親の言うとおりにすると答えた。こうして、翌日、王申夫婦は町に出て買い物をし、息子のために式をあげた。
で、その日の夜、妻となった女子は、二人だけになった部屋で自分より年下の夫に「ここら一帯では、夜に物が盗まれると聞いたので、今夜は部屋の戸を中からしっかり閉めておきましょう」という。もちろん、夫となった王申の息子はそんなことどうでもいいやと気にしなかった。
さて、その日の夜、王申の妻は変な夢を見た。それは嫁をもらったばかりの息子が、夢の中で早く助けに来てくれと叫ぶのであった。これに驚き目が覚めた妻は夫の王申を揺さぶり起こし、今見た夢のことを話したところ、王申は何を馬鹿なことを言っていると相手にせず、またすぐに寝てしまった。そこで妻は仕方なくまた横になった途端、息子と嫁のいる部屋から悲鳴が聞こえる。これには王申も目覚め、いったいどうしたんだと、変な気持ちで二人して息子の部屋に近づき、妻が中に声をかけた。すると中から何かをかじり食べる音がするだけ。そこで首をかしげた王申が戸を開けようとすると、戸は中からしっかりしまっていて開けられない。これに王申は眉をひそめて考えていたが、不意に怖い顔して部屋の戸を足で思い切り蹴倒した。するとドターンという音がして戸が開いたが、中はくらい。そのとき、中から大きな黄色い目をし、牙をむき出しにした青い化け物が、ウオーッとうなって走り出てきて庭からどこかへいってしまった。これを見て夫婦は呆然となったが、ふいに我に返ると、自分の部屋から明かりを持ってきて息子の部屋に恐る恐る入っていった。すると床の上には髪の毛が残り、頭から足の先まで骨だけになった息子が、横たわっていたという。
そろそろ時間のようです。では来週、またお会いいたしましょう。
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