次のお話は「原化記」という本から「肝試し」です。(京都儒士)
「肝試し」
ある町の居酒屋で数人の読書人が酒を飲んでいた。そのうちにこれら読書人の話題が人の肝に太さのことに移り、怖いものなしと臆病者とはどう違うかと勝手にしゃべっている。
「肝が太ければ、怖がるものはなくなるのだ。これぞ、真の男といえる。なあ!」
「そ、そういうこと!そうでなければだ、気が小さくなって、えーっと、なんでもないことでもびくびくし始めるのさ!」
「でも酒が入れば、胆は普段より太くなるというぞ」
「そうかもな。酒で頭がはっきりせず、怖さを忘れるんじゃないか?」
「わからんな。わたしは、臆病な人間はそうじゃないと思うがな」
実はこの中に見栄を張るのが好きな況さんもいて、それまで黙って話を聞いていたが、酒のせいか気が強くなったようで不意に言い出した。
「わたしは。き、肝が太い人間だ!」
これを聞いてみんなは不思議な顔をした。
「な、なんだい?その顔は?信じないのかえ」
「況、況さん。あんたどうかししたのか?少し酔ってんじゃないのか?」
「と、とんでもない!これぐらいの酒でわたしが酔うものか!」
これを聞いた斤さんが、況さんをからかってやろうと言いだした。
「じゃあ、こうしよう。わたしの親戚は、この町の郊外に小さな屋敷をもっているんだが、以前に屋敷でおかしなことが起きたので、今は住んでいないんだよ。もし況さんがその屋敷で一晩過ごすことが出来たら、ここにいるみんなで一席設けようじゃないか」
「ほうとうかい?よ、よし。決まった!」
と、況さんが話に乗ってしまったので、みんなは噴出すのをこらえてそうすることにした。
さて、次の日の夕方、況さんはほかの連中とともに、その屋敷に行き、みんなで持ってきた酒やつまみで先に飲み始めたが、やがてほかの連中が帰ろうとした。
「況さんよ。ほんとに一人で大丈夫だろうな」
「大丈夫さ、わたしには剣がある」と況さんは持ってきた剣を見せた。
「じゃあ、明日の朝迎えに来るからね」と、みんなは況さん残して帰っていった。
実は、この屋敷には以前には何も変なことは起こらず、ただかの親戚が町中に住みたいというので引越し、空き家になっただけのこと。これを聞いたほかの連中はげらげら笑っていた。しかし況さんだけはこれを知らない。
さて、屋敷で一人になった況さん、今晩は肝っ玉を太くするため、酔わないまでに飲んだが、みんなが帰った後一人になると、急に心細くなった。自分以外に屋敷にいるのは、庭の樹に繋いである自分のロバだけだ。況さんは眠くなったことは確かだが、寝てはいかんと明かりも消さず剣の抱いて床の上に座っていた。こうして夜半になり月が出てきて、その光が開けてある窓から部屋の中にさしてきた。
と、そのとき風が吹き、部屋の明かりがふと消えた。これに驚いた況さんが、明かりを点けよう床を下りたとき、また風が吹き入ってきて、月の光が届かない部屋の隅にある物掛けで何かが羽ばたくような音がする。しかし、そこは薄暗くてはっきり見えない。
で、況さん、今頃になって酒が効いてきたのか、頭が少しぼけてきた。それでも況さんは剣を抜いて物掛けに走りより切りかかった。すると何かが落ちた。それを況さんは細かく見る勇気をなくしていた。そして況さんが床に戻り、明かりを点けようとしたところ、今度は、庭の方から何かが、部屋の戸の下の方にある猫や犬が出入りする四角い穴から、にゅうっと頭を入れて、フーフーと荒い息をしている。びっくりした況さんは恐ろしくなり、がむしゃらに剣を振りまわり、はっきり見えないその頭に切りつけた。すると相手はびっくりして頭を引っ込め、庭の方に逃げていったではないか。そして況さんは、急に力が抜けたのか、剣を地面に落としてしまった。と、剣の落ちた音に況さんは我に帰り、慌てて剣を拾い、今度はんなんと床の下にもぐりこみ、剣をしっかり握り、外や部屋の中の様子を伺っていた。が、次第に目が開けられなくなり、そのまま寝てしまった。
さて、況さんは人の話し声に目が覚めた。
「あれ?なんとこんなところで寝てしまったのか」と、眠い目をこすって床の下から這い出ようとしたとき、部屋の戸が開いて斤さんらが入ってきた。
「あれ?況さんどこに行ったんだ?」
「おい!おい!況さん、どうしてそんなところから出てきたんだ?」
「ああ。みんな来たか!いや、夜は大変だったんだよ」
これを聞いた斤さんが驚いた。
「ええ?一帯どうしたんだい?本当におかしなことがあったのかい?」
「え?斤さんの話では、この屋敷には・・」
とほかの連中が口を挟んだが、況さんは、それよりも先にしゃべりだした。
「聞いてくれ。実は昨日の夜みんなが帰ってから、寝ようとおもったんだ。ところが急に何かが部屋の中に飛んできたので。わたしは日ごろ習った剣術をつかい、一刀の下にその・・何かわからんが・・鳥の化け物を始末したよ」
「え?鳥の化け物?」
「そうさ。そこの部屋の隅の方で死んでるだろう!」
「え?どれどれ?おう?ここに落ちているのは・・うん?古い帽子らしいものが二つに切られてる。あれ?こりゃ、あんた況さんのとても薄いというあの帽子じゃないの?」
「え?わたしの帽子?あ、そうか、昨日かぶって来てその物掛けにかけていたのをすっかり忘れてた」
「すると風かなんかであんたの帽子が動いたのを、況さん、あんた酒に酔っていて鳥かなにかに見間違えたんじゃないの?」
「ええ?そうかなあ・・」
「だって、この帽子以外になにもないよ」
「おかしいなあ。ま、それはいいとして。そのあとで顔の長い化け物が、あの猫や犬が出入りする穴からぬっと頭を突っ込んできたので、わたしは得意の剣で化け物に切りつけたら、化け物は頭を引っ込め逃げていったよ」
「ええ?そんな化け物が出たのかい?」
「ああ、そうだよ!わたしの腕はたいしたものだろう!」と況さんは得意げに話す。
と、そのとき、何かが外から走り戻ってきたような音がしたので、みんなは庭に出てみた。すると、況さんのロバが庭で走り回っている。どうも樹に繋いであった縄が切れたようだ。それに口のところが切れ血が流れ、その血はすでに固まっているようだ。
「ああ?これは況さんのロバだぞ?それにどうして口に怪我してるんだ?」
「おい、おい、況さん、その顔の長い化け物ってあんたのロバのことじゃなかい?ロバは樹に繋いであった縄が切れて自由になり、そのうちにあんたのいる部屋に入ろうとして、あの四角い穴から頭を入れたが、あんたが化け物だと思って切りつけたんだろう?でないと、ロバはどうして口に怪我してるんだ?」
「ええ?あの時は明かりが消えてはっきり見えなかったけど」
「きっとそうだよ。だってこの屋敷にはこれまで変なことはなかったしな。実はあんたを試そうとあの夜は、以前に屋敷でおかしなことが起きたってうそをついたのさ」。
これをきいて況さん、へなへなとその場にしゃがんでしまった。そこで斤さんは、悪いことをしたと況さんにその場で謝り、みんなは況さんを助け起こし、慰めながら屋敷を出て行ったという。
そろそろ時間のようです。来週またお会いいたしましょう。
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