「医者と狼」(毛大福)
かなり昔のこと。毛大福という医者がいて、ある日、遠いところに往診にいった。その帰りの山道で、なんと一匹の狼と出くわしたので驚いて逃げようとしたが、その大きな狼は動きがすばやく大福の逃げ道を塞いでしまう。どうしても逃げられない大福は天に向かって叫んだ。
「ああ!わたしは今日、こんな山道で命を落とすのか!なんとくやしい!
諦めた大福が、覚悟して涙を流しながらそこに座り込むと、なんと狼は横の草むらからある袋を咥え出し向かい合って座った。
「うん?どうしたんだ?これはわたしを食おうというのではないらしいな」
みると、狼は鋭い目で大福を睨んでいるのではなく、優しい目をして尻尾まで振っている。そこで相手がわかろうか、わかるまいか大福は思い切って声をかけてみた。
「狼よ!私を食うのではないのなら、何か用があるのか?」
すると狼は人間の言葉がわかったように、ゆっくり大福の前にやってきて口に咥えた袋を地面に置いた。
「うん?なんだ?これをわたしにくれるというのか?」
狼が尻尾を振っているので、大福は思い切って袋に手を出し、それを開けてみた。すると中から首飾りと腕輪など金になるものが出てきたので大福はびっくり。
「こ、これをわたしにくれるのか?」
これに狼は首を縦に振っている。そこで大福が首をかしげていると、狼は、その場で何度か飛び跳ねたあと、大福の袖を噛んでどこかへ引っ張っていこうとする。なにがなんだかわからない大福が立ち上がると、狼はまた大福の袖を噛み引っ張る。これを見て大福は、狼が自分に頼みがあるので、金目のものを渡すから、来てくれといっているのがようやくわかった。そこで大福は袋をもって狼のあとについていった。こうして林や山道をとおり、崖の下の洞穴にやってきた。大福が狼に続いて中に入ってみると、奥の方に草が敷いてあり、その上でもう一匹の狼が横たわり、悲しい目をして唸っている。
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