こうして夜半になったころ、庭で変な音がした。これに莫さんは目を覚ました。実は莫さん、読書人ではあるが、いくらか武芸の心得がある。
「うん?何だ?こんな夜中に。物盗りか?わたしは何も金目のものはもってないぞ、よし、いったい何者かこの眼で見てやろう」
と、袋から愛用の短い剣を取りだし、枕の下に隠すと莫さんは寝たふりをした。すると戸がゆっくり開いて、岩のようにごつごつした頭に大きなぎょろりとした赤い眼をもち、手が長く足が短い化け物が入ってきてた。これに莫さんはびっくりしたが、そこは度胸があり、気付かないふりをしていると、化け物はまずは部屋の様子を伺い、床の上に莫さんが寝ており、卓上には徳利と杯のほかに本が散らかって入りのみて「ううう!」という不気味な声を出した。そして卓に近寄り、徳利をつかみ中に酒が入っているのでラッパのみして「ウイ!」とゲップし、本をめくり何がなんだかわからないので地べたに投げた。このとき莫さんは左手を枕の下に挿しこみ、かの剣を握った。すると化け物、今度は莫さんの買った爆竹を手にとって不思議そうにながめた。それがいったいなんであるかがわからなかったのだろう。そこでそれを明かりの側に持っていって大きな眼を細めてみた。
これに莫さんはおかしくなって笑い出しそうになったが、そこは我慢し黙っていた。こうして爆竹を明かりの近くで長く眺めすぎたのだろうか、ふと爆竹から煙が出てきたので化け物はいくらか驚いたとき、「バーン」という大きな音がして爆竹が炸裂した。それは大きな爆竹だったので、化け物はびっくり仰天。それに目をいくらかやられ、手にやけどを負ったのか、左手で眼を覆い、右手をふりふり「ギャー」という恐ろしい声を出して外に飛び出した。これをみて莫さんは剣を手にあとに続くと、庭では化け物が倒れてもがいている。そこで莫さんはすばやく剣で化け物を汗が出るまで突き刺し、化け物が動かなくなくなるまで手を休めなかった。そして莫さんは部屋に戻り暫く剣を手におきていたが、どうも何にも起きそうにもないので寝た。
やがて朝が来て莫さんが庭に出てみると、化け物の姿は跡形もなくなっていた。そこで安心した莫さんが部屋で出かける支度をしていると、かの友達が昨夜の下男を連れてやってきた。
「おはよう!莫さん、もう行くのかえ?」
「ああ。」
「夜はよく寝られたかえ?」
「いや。ちょっとしたことがあってね」
これを聞いた友達はやっぱりと言いたそうな顔をしたあと、莫さんの表情を見ていたが、莫さんが怒った顔をしているので、しぶしぶ言い出した。
「すまん、莫さん。この家は去年から誰も住んでいないんだよ。というのも、夜に変な化け物が出るから、一家そろって新しい家に引っ越したのさ」
「どうして黙ってた?ひどい眼にあったんだぞ。さいわい、わたしはいくらか武術の心得があったからよかったものの」
「許してくれ。わたしもそれを知って、莫さんなら何とか退治できるだろうと思って言わなかったんだ」
「ふん!ひどいじゃないか。いくら親友だといってもわたしが命を失えば仇になるぞ」
「すまん、すまん。許してくれ。しかしあんたが無事なので、化け物は退治したようだね」
「いや、わたしの剣術におどろき、怪我をして逃げ出したまでのことさ」
「ええ?じゃあ、また来るのかねえ」
「わからんなあ」
「じゃあ、どうしよう」と友達はおびえだした。
これを見て莫さんがいう。
「あんたは小さいときから何か危険があると、すべてわたしに任していたね」
「すまん」
「大丈夫だよ。化け物は退治したよ。もう出てこないだろう」
「そうかい。よかった。今度もまたわたしを助けてくれたね。お礼を言うよ」
「じゃあ。行くよ。今日は大晦日、早く出て紹興の町で両親と妹にお土産買って、そのあと急がなきゃあ。さもないと今日中には家に着けないからね」
「そうか。じゃあ、これを受け取ってくれよ。お礼だ」
と、友達は下男からある袋をもらい、莫さんに渡した。
「いいよ。あんたを助けるのはなんでもないことさ」
「頼む。どうか受け取ってくれ。そうでないと、わたしの気がすまない。あんたにかのことを黙っていたんだから」
「それもそうだな。じゃあもらっておくか。ではごめん」
こうして莫さんは屋敷を離れた。しばらくして袋の中をのぞいてみると、なんと十幾つもの銀塊が入っていた。
「気前がいいな!ま、あいつのために化け物を退治したんだから貰っておきましょう」と莫さんは、その足で紹興の町に向かい、お土産を買ったが、爆竹は、昨夜化け物が使ったので、また多めに爆竹を買いこみ、ホクホク顔で帰途を急いだという。
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