その後、三人は地元の状況などについて話していたが、やがて日が傾きだしたので、李コウは「明日から勤めがありますゆえ、今日はこれでお暇いたします」という。
「そうでござったな。ではこれ以上お止めするわけにもいくまい」
こういって劉南垣は、懐から用意してあった紙を取り出し、李コウに渡しながらやさしくいう。
「実はこんなことを聞いてのう。そこもとがこれまで見回りに参られた県では、ただ口にするものがそこもとの口に合わないという理由で、県令たちがかなりの叱りを受けたらしい。これを耳にしたここの県令どのが慄かれ、どんなものが見回り役のそこもとの口に合うのかと聞きに来られた。実は地元は、今年の日照りで作物の出来がかなりがわるく、民百姓も苦しく、役人でされ困っておる次第。じゃからうまいものを見回り役のそこもとにを出すのは大変なこと。そこでこの老いぼれが、それはわしにお任せあれといい、この紙にそこもとの膳の献立を書いて渡そうと思ったのじゃ。そこもとも目を通してくだされ。こんな献立でよかろうかのう」
これを聞いた李コウは顔を真っ赤にして、その献立を受け取りみた。その紙には粗食ともいえるほどの献立が書かれている。
「先生。先ほどの昼餉を食べ、先生のわたしめへのお気持ちがわかりました。これからはこれまでの美食という悪い癖をなくします」
「そこまでわかってくださり、この老いぼれもうれしゅうござるぞ。もちろん、うまいものを口にしたいのは悪いとは言わん。しかし、大事な役目を背負っておられるからには、少しの不注意が下の者や民百姓に迷惑をかけるのじゃ。そこもとの機嫌を損なうまいと多くのものが、公金を無駄に使うであろうが、民百姓の暮らしをよく考えなされ。役人とは民のことを考えるべきでござるぞや。どう思われるかな?」
「先生のお言葉、心に染み入りまする。みていてくだされ。この李コウ、これからは役目に励み、民のことを忘れぬようにいたします」
李コウが涙を流さんばかりに言うので、劉南垣がその紙を破ろうとすると、李コウは紙を大事に懐にしまいこみ、「これからは、常にこの紙を見て自分を戒めまする」という。
こうして李コウは恩師に深々と一礼し、県令と共に劉南垣の屋敷を去って行ったそうな。
そろそろ時間のようです。では来週またお会いいたしましょう。
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