リアルタイムで中国を知ろう 中国のベストセラーを日本に
ーー翻訳家・泉京鹿さんーー
この夏、『さよなら、ビビアン』(アニー・ベイビー著)という中国のベストセラー小説が日本の書店を飾った。流れるような自然な日本語表現に吸い込まれ、すいすいと読める短編小説集だ。この本を翻訳したのは、北京在住14年目の翻訳家・泉京鹿さん。
朗らかで、エネルギッシュ。良く笑い、良く話す。その話すスピードの早いこと。そして、行動も然り。在日の中国人作家・毛丹青さんの薦めで、2003年に初の訳書『ニュウニュウ』(周国平著)を出して以来、5年間で中国のベストセラーを6冊も翻訳した。が、翻訳のスピードと反比例して、自らの収入はといえば「出せば出すほど赤字」。それでもこつこつと翻訳を続けている。
「中国の本屋へ行けば、日本の文学作品がずらりと並んでいて、若者の間で日本の現代小説が熟読されている。しかし、日本では今の中国文学は一般にはあまりよく知られていない。ビジネスはさておき、中国の文化や生活のディテールを知る材料は日本には案外少ない。」
「本を通して、今の中国人の考えや興味、そして、彼らが何に感動しているかを知ってもらいたい。とりわけ、中国にこれまで興味を持っていなかった人たちに届けたい。」
北京の書店にはほぼ一日おきに入り、最新の動きをチェックするようにしている。
「少し前の作品と比べ、最近の若手作家の作品は、登場人物名や場所を変えれば、日本人にも違和感なくすんなりと受け入れられるものが増えている」。
ところで、いざ新訳書が出版されれば、さらにたいへんな作業が待ち構えている。毎年、夥しい数の書籍を出版する日本で、本が読んでもらえるかどうかは、先ず、読者の目に触れることにかかる。「一旦、書店の目立たない場所にある『中国文学』のコーナーに入ってしまったら、対象者がうんと狭くなる。平積みの時こそが勝負。」そのため、個人の人脈をフル稼働させ、一社でも多くのメディアに取り上げてもらうよう奔走する。
翻訳に専念するまでは、広告代理店などでにぎやかな現場を駆け回る仕事だった。翻訳に必要なすさまじい集中力の源は、無類な読書好きから来ているに違いない。6架の本棚にびっしり詰められた図書は、「一通り目を通している」。
「中国に長くいると、日本語語彙の貧弱化が心配。翻訳で行き詰った時は、手当たりしだい日本語の本を読み通す。豊かな日本語が頭の中にあふれることで、ひらめきもある。」
根っからの人との交流が好きな性格も、訳文の読みやすさを増しているに違いない。翻訳を通して、様々な人々と絆を結んだことが、翻訳の醍醐味か。
「翻訳は贅沢な読書。著者と1対1で向き合える幸せな時間でもある。その楽しみを自分一人ではなく、読者とも分かち合いたい。」
机には、複数のパソコンが同時に立ち上げられている。現在は三つの作品の翻訳を抱える。いずれも、来年の北京五輪開催までに仕上げたいと言う。
「五輪の開催で、中国への注目が高まる今こそ多くの人に読んでもらえるチャンス」。
寝食も忘れて、今日も夢中でパソコンに向かっている。(文責・王小燕)
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