4年ぶりに再会したのは、中国のあるトークショーの収録現場だった(写真)。見違えるほど流暢な中国語を使いこなし、四文字熟語や中国語固有の言い回しをふんだんに使っていた。しかも、自然体で。司会者たちの冗談めいたまぜっかえしに動じることもなく、大阪人らしいユーモアで自在に切り返した。番組は視聴者自由参加型のもので、当日は定員を大幅に上回るファンが詰めかけ、スタジオの外まで溢れていた。小学生から初老の夫婦、若い女性の姿も目立っていた。
収録後、人波は一気にステージに押し寄せた。スタッフが打ち切るまで、カメラは追いかけ続けた。中国では、「鬼子専業戸」(日本軍人ばかり演じる役者)と「最可愛的鬼子兵」(もっともかわいらしい「日本軍 人」)というあだ名をあわせ持っている。それもそのはず、6年間で、中国で15本のドラマに主演したが、その中の7本は日本軍人を演じたものだった。
中国と縁を結んだきっかけは、2000年だった。当時、所属していた東京の事務所の派遣で、中国のトレンディードラマに出演した。ピリピリした日本の雰囲気と違って、中国の役者たちは暇になれば、向日葵の種を食べながら、世間話に花を咲かせていた。言葉が分からなくても、一生懸命気を使って、世話をやいてくれたスタッフがいた。
「浩二は中国に残って頑張れば、全中国人に知れ渡る大物役者になるぜ」。暖かい励ましもあった。「真に受けていた」と、今では思い出す度、吹き出してしまう。
撮影が終わり、帰国の飛行機から北京の大地を見下ろして、「ここに戻ろう」と決心した。「中国には不可能はない。何か自分をそう思わせるものを感じた」からだった。
が、現実は甘くなかった。出演したトレンディードラマは、メインチャンネルとゴールデンタイムでは放映されず、視聴者の反応を得るに至らなかった。携えた貯蓄も一年で使い尽きた。たまに中国ドラマの日本人役が舞い込みはしたものの、回数は多くなかった。「仕事がほしい」。
そんな中、オーディションでヤンヤン監督の目に留まった。強制連行をテーマにした戦争ドラマ『記憶の証明』で、役がふってきた。鉱山で強制連行された中国人を監視する日本人将校の役だった。台本の重みに圧倒された。
「脚本を読んで、ギャラがなくても演じさせてくださいと監督に言った。」
これまでの中国ドラマと異なり、この作品では、日本軍人が複雑に、立体的に描かれていた点もやりがいを感じた。2004年末、中央テレビのプライムタイムで放送され、全国的に好評を博した。おりしも翌年は戦後60周年。中国国内に戦争ドラマのリメークブームがじわじわと沸き起こった。矢野さんが演じたドラマが相次いで放映され、時には、異なるチャンネルの同じ時間帯で、異なる作品が放映されたほどだった。
「中国人役者では絶対、出せないリアリティがある。」
「生き生きとした演技で、心の葛藤の演じ方が本当に上手。敬服する。」
「これまでの、中国映画やドラマの紋切り型の日本軍人像を破り、人間らしさを見せてくれた。」
中国人ファンの評判は高かった。中には、こんな声もあった。
「浩二の演じた役を見ていると、いつも押さえがたい憤りがこみ上げてくる。しかし、ドラマが終わり、我に返ると、浩二の迫真の演技だったことに気づいて感心する。」
顔がどんどん売れた。大通りを歩けば、「矢野先生!」や「浩二!」と呼びかけられたり、「やあ、鬼子が来た!」と言う人もあったという。しかし、「何と呼ばれようと、役者は自分の演じた役が観客たちに覚えてもらえるだけでも嬉しい」と、淡々としていた。
「日本人も中国人と同じように、平和を愛している国民なのだ。役者活動を通して、このメッセージを中国人に伝えたい。と同時に、中国の魅力も日本の視聴者に紹介していければ」
この心構えがあったからなのだろうか。「浩二は我々中国人の友達なのだ!」、とファンレターが千通に達するようになった。自ら「野草」と呼ぶファンたちも現れた。
出演する戦争映画の本数が重なるにつれ、中国のドラマで描く日本軍人像に変化が出てきたことも感じるという。
「感情表現がより細やかになり、日本の軍人だって、両面性があり、残虐な面だけでなく、人間的な面も描写されるようになった。千篇一律の旧来の描き方では、先ず、若い人たちが離れてしまうからね」。
大ブレイクの裏に、並大抵でない努力があった。撮影開始した三、四ヶ月前から、台本丸暗記の閉じこもり作戦。
「中国語も日本語も混じっている。とりわけ、中国語の台詞は、自然に出るほど暗記しておかないと、演技ができなくなる」。中国語が飛躍的に進歩した秘訣を自ずと語る答えだった。最初の頃は、通訳もいたが、現在は日本語の台詞は脚本家や監督と直に、一緒になって考えている。
去年下半期、香港のテレビのインタビュー番組に登場したのをきっかけに、最近は、中国内のバラエティ番組から出演依頼が殺到している。番組では、冷酷な日本軍人像とはかけ離れた関西人気質をいかんなく発揮し、斬新なイメージの浩二像が確立しつつある。
「格好よくて、精悍。ハンサムな日本青年!」
矢野さんの演じた「役」を気にする人は、もはやいない。格好いい芸能人として、中国人の芸能人と一緒に番組を盛り上げてくれることしか求めていない。
野草たちからもこんな声が上がっている。
「もっと全面的に発展してほしい。色々な役に挑戦してください。」
「中国人の役も演じてほしい。後一息よ、加油!」
最近は、現代ドラマの役もどんどん増え、6月にはマレーシアのロケにも行ってきた。スマトラ島大津波を背景にした現代ドラマの撮影だ。
日本軍人からスタートした中国ドラマとの縁。現在は、もはや定着イメージが崩壊し、中国で活躍する「普通」の俳優になりつつある。野草の面積が、これからどこまで広げられるか。今後も目が離せない。(取材・文:王小燕 写真提供:YaNo KoJi)
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