戦犯たちの心からの懺悔と良識ある日本国民の正義の行動は中国国民にも多くの感動を与えました。
撫順戦犯管理所の現在の所長、候桂花さんは 「正直に言えば、以前は日本人に対して、好感などを持っていませんでした。ところが、ここ数年、中帰連や受け継ぎ会の方と接したことで、日本人に対する見方も変わってきました」
そして、候所長は去年、日本を訪問した時、一番印象深かったことについて話してくれました。「千葉県で、ある中帰連のメンバーと会いました。彼の案内で、ある記念碑を訪れました。記念碑には、彼らが侵略戦争に参加し、撫順戦犯管理所に収容され、中国政府の寛大な政策によって、釈放され、帰国した」と記されていました。」「この記念碑を建てた理由について、そのメンバーの方は、『我々はだんだん年を取っていき、いつか旅立たねばならない。だから、この歴史を次世代に伝えるため、一つの歴史の証として作った』と語りました。」
そして候所長を驚かせたのは、このメンバーの方の家が記念碑のすぐ近くにあったことです。この理由について、「彼はこう言ったのです。最初は、記念碑は賑やかなところに立てたかった。でも、右翼勢力に破壊されないよう配慮して、わざわざ神社の中に建てた。そして、この記念碑を守るため、自分の家も神社の中に移したのだと・・。私はそれを聞いて、非常に感動しました」
戦争が終わって、もう61年が経ちました。当時の戦争従事者も相次いで亡くなっています。しかし、中国人民は日本軍が中国で犯した罪を忘れることが出来ないし、また、良識のある日本国民もその歴史を忘れていません。「撫順の奇跡を受け継ぐ会」は平和を大切にし、歴史に対して正しく認識している日本人が創設した友好組織です。2002年「中帰連」が解散した当日、平和と中日友好のために最後の一人まで戦っていく、「中帰連」の精神を受け継ぐ「受け継ぎ会」が立ち上がりました。
日本軍国主義は中国人民に大きな災いをもたらしましたが、中国政府と人民は寛大で人道的なやり方で戦犯たちを取り扱い、また、彼らを釈放し、帰国させました。このほか、200万人を越える日本人捕虜とその家族を送還し、その上、戦争に対する賠償の権利も放棄しました。こうしたことは日本に対する中国人の度量の大きさを物語っています。一方、日本の政治家は「歴史を正しく認識し、靖国神社を参拝しない」という中国国民の要望を、様々な口実を借りて、無視しています。これは多くの中国国民の感情を傷つけただけでなく、正義感を持つ日本国民の反感を招いています。
来年は中日国交正常化35周年になります。日本の新しい指導層が戦争の歴史を正しく認識し、中日の平和や友好を促すよう心から願っております。 1 2 3
|