中国北京生まれ。1989年来日。1997年「アサヒグラフ」に「Couples」を連載。2000年「チャイニーズ・レンズ」(竹内書店新社)を出版。「亜細亜週刊」東京特派員。現在、朝日新聞サイト「asahi.com 」(http://www.asahi.com/)で「漫歩寄語」を連載中。
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チャイニーズ・レンズが捉える日中心象
東京で暮らす中、日々出会う中国人から耳にするフレーズがある。「本当はアメリカに行きたかったが、それが叶わず日本に来た」。日本人ならがっかりしてしまう言葉だ。日本と中国では海外に出ることに関して事情が異なるのは理解できる。だがここ日本で第一線で活躍しているのは間違いなく、「目的をもって来日した中国人」だ。
ーー「1989年、北京を出た私は東京にやってきた。私には他の誰よりも明確の目的があった。写真の勉強である」。于前さんはその著書の最初の頁にこう記している。
于前さんは確かに「女強人」だ。2つの機種のカメラを入れた重いカバンを担ぎ、片手には三脚。1日歩いてもけろりとしている。20代後半には「アサヒグラフ」誌上で作品の連載を果たし、現在では中国、台湾、香港の雑誌に日本の今を発信している。
だが本人はいつもスカートに華奢なサンダル、ロングヘアで女性的である。ある同業者はその作品を評して曰く、「撮影の対象者との距離感が心地いい。女性である于前さんだから撮れるもの」。カメラマンの女性らしさが、相手に気心を許させ自然な表情を引き出すのだという。
于前さんにはもう一つ「書き手」としての顔がある。短いフレーズを重ねるようにして綴る日本語の文章はダイレクトで力がある。日本人が于前さんに投げかける「中国には醤油ある?トマトある?」といった無知な問いへの憤り。矛盾だらけの日本社会への戸惑いや葛藤。だが一度北京に戻れば、懐かしい風景を捨ててひた走る母国の姿に馴染めない自分がいる。日本と中国のはざまで彷徨う心のひだが綴られている。
そんな揺れる思いを凝縮したのが初の著書「チャイニーズ・レンズ」だ。来日したばかりの頃、中国人の同級生が次々と日本人と結婚するのをみて、「私は絶対ああはならないぞ」と誓ったものの、友人たちのその後が気になり、「国際結婚」をテーマにシャッターを切り始めた。異文化が最もぶつかりあうのが国際結婚でもある。レンズが捉えた幸せ溢れるカップルたちの笑顔。しかし文章には愛し合った二人の悲惨な結末も記され、異文化の交わりの難しさを率直に伝えている。
日中を往来する人は現在、数百万人にものぼる。文化の壁にぶつかったらこの本を開いてみるといい。きっと共感を覚え、そして直球で思いを伝えあうことの大切さを知ることだろう。
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