ナタをたずねて三千里
「ナタ」という神を御存知だろうか。『西遊記』や『封神演義』に出てくる道教の少年神で、中華圏では広く信仰されているが、日本での知名度は皆無に近い。
そのナタを10年以上追い続けているのが、水歌さんだ。一般の社会人として働く、小柄でおとなしめの女性。しかしその身体には想像以上のバイタリティが秘められていた。
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出会いは『西遊記』だった。孫悟空より、やんちゃでお茶目な少年神ナタに魅了された。続けて観劇した京劇とスーパー歌舞伎がタッグを組んだ伝説の舞台「リュウオー」。ナタに扮した名優李光の演技に「感動しすっかり心奪われ」以来水歌さんの追っかけが始まった。本を調べては実際にナタ廟を訪ねた。しかし大学卒業後は一般企業に就職。「ナタは趣味で十分」ーーそう思っていた。だがそんな彼女に転機が訪れる。「週刊少年ジャンプ」での漫画「封神演義」連載である。そこには自身が親しんだやんちゃな姿はなく「心のないロボット」のナタがいた。愕然とするがしかし作品はアニメ化され、クールなナタがどんどん世間に認知されていく。その過程が、たまらなく切なかった。「元気で可愛いナタをもっと皆に知ってほしいーー」水歌さんはHPを立ち上げる。
HPには今までの研究や収集したグッズ写真などを展示。予想を越えて様々な人々が集まる場となった。その中には大学の研究者や、同じ気持ちを持つ原作ファン、果ては中華圏のナタ信者、そして漫画版のファンまで。「インターネットのおかげで一気に世界が広がった」と喜ぶ。
HPで収集した情報を元に自ら動く。信者の多いナタの廟は大都市から山村まで広範囲に及ぶ。「観光ガイドにない廟も多く現地で交通地図を入手し探します。」これまで訪れたのは台湾(台北・高雄・台南・新営) 、中国大陸(北京・四川省宜賓・同乾元山金光洞・香港・マカオ)、シンガポール等。
「私はただのファンなのですが。でも中華圏ではミーハー感覚は通じない。日本でいえば外国人が『私桃太郎ノ大ファンデス!』と力説している様な感覚だそうです。だから『ナタを研究しています』と言ったり…。」
しかし廟を撮影する時には必ず許可を取る。真面目で感動屋。そして「神」という精神面に触れてくる彼女に人々の反応も温かい。「こんな日本人がいるんだと喜んでくれます。1年後に再訪した廟の方が覚えていてくれたり、新営では農歴9月9日に行われるナタ生誕祭に参加。日本人は他におらず『日本からの客人です!』とアナウンスされました。」
自費出版という形でまとめた本は既に9册刊行。内容の独自性は勿論、仕事で培ったデザインや自作のCGも強みだ。「これから行きたいのは天津。ナタ鬧海の舞台は天津の三叉河口という説があり、そこにナタの像があると中国の本で読んだので」雲を掴むような話だ。しかし常にこうして触れた細い糸を手繰り寄せてきた。思いが距離を近くする、彼女を見ているとそう感じる。ナタを追う旅はまだまだ続きそうだ。 (文責:田幸亜季子)
(ナタ=口+那、タは口へん+宅 ナオ=とうがまえ+市)
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