JICA(+日中友好協会)の主催する日中青年の共同合宿。日中から50人ほどが参加し交流を深めるという主旨のもの。この合宿に通訳として同行して神崎龍志さん。一流の通訳になるためには何が必要なのか、そのカギについて語ってもらった。
「熱海は尾崎紅葉の『金色夜叉』の舞台で…」ーー、JICAが熱海で催した日中青年合宿の勉強会。来日しているのは新疆ウイグルなどの若者たち。この場に招かれた市役所の職員の「熱海解説一式」は延々事務的に続き、スライドはお宮を蹴る寛一の挿絵を映し出していた。
この通訳をつとめるのは神崎龍志さん。込み入った話を端折ることもなく一言一句訳してゆく。その通訳の丁寧なこと、完璧なこと。「こんな細かく通訳しても新疆から来た中国人に『金色夜叉』なんて興味あるのかしら」ーー、不謹慎にもそう思ってしまうほどだった。
神崎龍志さんはフリーランスの通訳だ。勤めていた銀行を辞めた後サイマルアカデミーに2年半ほど通い、今ではテレビの同時通訳もこなす。日本には日中の同時通訳はわずか20人ほどしかいない。中国語を学ぶ者にとってはまさに雲の上の存在だ。だが神崎さんは夜のカラオケでは誰よりも早くマイクをとって歌い、その場の空気をコントロールしてしまう。この人に名通訳としての備忘録を聞いてみたいと思った。
その三か条を教えてほしいーー、真っ先に返ってきた答えは「発音」をきちんと身につけることだった。武道や武術のように「型」が自然に身につくまで、その習得のため集中した時間を持つ。「コツ」は自分の誤った発音をしつこく直してくれる先生に出会うことだという。
二つ目は「表現力」。自分の初めて出会った単語やフレーズをメモに残し単語帳にして整理してゆく。「日本人は外国語を甘くみていて、聞いて分かるとそれで自分はできると思ってしまう。けれどヒアリングできることと自分で表現できることとの間には大きな差があるんです。その橋渡しをするのがメモなんです」。
三つ目は中国と全く関係ない分野に幅広く興味を持つこと。すぐには仕事には結びつかなくても通訳としての肥やしになる。突然舞い込んだ仕事でも自分の知っている分野ならゆとりを持って対処できる。音楽に精通している神崎さんは特にこの世界での通訳は楽しいという。「自分のオリジナルで勝負している人の言葉にはオーラがあって、それを通訳できるのは通訳冥利に尽きますね」。
さてさて話をJICAの合宿に戻そう。合宿の二日目、新疆から訪日した青年たちは海を見たいと熱海の海岸に足を向けた。「お宮を蹴る寛一の銅像はこの海岸にあるはずなんだけど」、そう質問され案内した。「実は新疆にもこうした悲恋の物語はいくつもあるんですよ」。日本人の参加者に感慨深げに語りだすのをみて、内心つぶやいてしまった。ーー「神崎さん、参りました」 (文責:満永いずみ)
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