私は今、往復(1)で3時間ぐらいかかるところから、バスで通勤しています。時間がもったいないとよく周りの人に言われていますが、バスを乗り降りする乗客(2)を見て、いろいろなことを考えさせられるので、私は、このバスでの通勤を楽しんでいます(3)。
ついこの間、朝7時ごろ会社に向かうため、ワンマンバス(4)に乗ったら、ドアの近くに20代の若者が立っていました。180センチの背丈に、彫りの深い顔立ち、俳優になってもいいくらいの格好よさでした。ディープグリーンのパーカーに褐色のズボン、そして同色の運動靴という姿でした。ディープグリーンのビニール袋を持っていて、会社員(5)のようには見えませんでした。とは言え、学生にも見えませんでした。バスがしばらく走っていると、前の方の席が空いてきたので、青年は私の斜め前に座りました。何かを考えているような目付きで、私はついつい彼に目線が行きました。会社員や高齢者が多いこの時間帯にどんな用事で出かけるだろうかと、ちらっとこの青年を見たりしては考えました。もしかしたら映画などのロケ地(6)にでも向かうのかな、とも想像を巡らせました。この時、3つぐらいの停留所が過ぎたでしょうか、5ー6人の70代の高齢者(7)が乗ってきました。格好から見てたぶん登山に行く人達だと思いますが、お年寄りたちがこの青年の前を通るたび、席を譲る(8)かなと、私は青年の様子をじっと見ながら心配し始めました。今の20代の若者は殆どが一人っ子で甘やかされて(9)育っているので、譲らないだろうと半分あきらめてもいました。お年寄りのうち、最初に乗車してきた人達は、空いている座(10)に座ることが出来ましたが、後で乗ってきた2人は座るところがなく、ちょうど青年の前に立ちました。私は少し焦り始めました。「これでも席を譲らないとなると、表だけが立派で中身は空っぽではないか。これから社会に出たら認められないぞ」と、思いました。もうだめだなと外の風景を見ようとした時、この青年はすっと立ち上がって、高齢者に席を譲ったではありませんか。その一瞬、太陽の光がより燦燦(11)と輝いたように見え、私は思わず深く息を吸い込みました。「良かったね、お兄さん!」と、ガッツポーズでもしたくなりました。
あれからしばらく経っていますが、席を譲った後私の後ろに立っていたこの格好いいお兄さん(12)に、笑顔で会釈すればよかったのにと、今でも後悔しています。
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