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しゃがんで授業をする40年 貴州省三都県農村の教師・陸永康シリーズ(一)
   2008-09-25 23:04:41    cri

 今年60歳の陸永康さんは、11月に定年退職します。まもなく教壇を離れる陸さんは「教鞭を取った40年間、不満はなく、別れが惜しいだけだ」と話しました。

 中国南の貴州省三都県水族自治県の農村の小学校に40年間務めた陸さんは、「優秀教師」、「メーデー労働賞」、「全国師徳模範」、「全国優秀共産党員」などを受賞し、国家指導者と会ったこともあります。陸さんは「私は足が不自由ですが、教師という職業は私の人生に意義を与えてくれた。まもなく退職するが、引き続き農村教育に力を尽くしていきたい」と話しました。

 このほど、陸永康さんの足跡をアレンジした「水鳳凰」という映画が貴陽で封切られました。この映画は36年間、しゃがんで授業を続けた陸さんの物語です。

 貴州三都水族自治県羊福郷は全国で重点的な貧困扶助の県で、1997年末、道路が開通したばかりです。陸さんは羊福郷の辺鄙な農家に生まれ、9ヶ月の時、小児麻痺にかかって、歩けなくなりました。それで、しゃがんで膝で歩くようになり、粘り強い性格を鍛えました。

 14歳のとき、仲間がほとんど、学校に通って勉強するようになったことを見て、陸さんはうらやましく思い、悲しみました。学校へ行きたいと父にしきりに頼み、毎日、数キロ離れた孔栄村の小学校へ膝で歩いて通っていました。学校は一時授業を停止し、生徒は皆、農作業に取り組むようになりました。陸さんはあきらめず、家より10キロ離れた別の甲雄郷小学校へ通って勉強することを決心しました。膝には血が染み込んできたり、厚いタコができました。陸さんは小学5年生の学業を終え、よい成績を取りました。その後、自学で中学の学習をし、村で一番学問のある人となりました。

 1968年、授業を再開した孔栄村小学校では、最後の教師も学校を離れました。当時、陸さんは村で文化レベルが一番高い人なので、村の幹部は陸さんに授業を教えてみませんかと勧めました。陸さんは「教師になることは夢にも思いませんでした」と語りました。教壇に立つにはまず、歩く問題を解決しなければならないと考えました。大工に通じる陸さんは板やバスケットボールの皮、車のダイヤなどで重さ2キロもある船の形をする「靴」を作って膝に縛りつけて、教壇に立って36年間、授業を教えてきました。ただ一つの教室がある学校にはただ自分一人の教師がいました。陸さんは30人の生徒を3つの学年に分けて授業をしました。昼間は授業、夜は生徒の家庭を尋ねたりして、休むことはできませんでした。

 羊福郷は山間地帯にあり、道は曲がりくねって、険しく、陸さんにとって、1時間の道は2、3時間もかかります。山には森が茂り、獣が出没しています。獣を追いはらうため、銅で作った口笛を買いました。山間で何か音が聞こえた時、口笛を吹いて、自分に度胸をすえるのです。また獣はこの音で追い払ってしまいました。夜が静まり、山に口笛の音が響いたとき、村の人は陸さんが生徒の家から帰ってきたとわかり、村の入り口で、陸さんを迎えました。「素晴らしい先生だ。子供を学校に行かせることに心配する必要がない」と村人は言いました。第2学期に入って、生徒の人数は50人に増えました。3年後、150人に増え、入学率は100%となりました。(翻訳:董)

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