北京
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「中国式現代化と中日協力」中日対話番組が7月25日、チャイナ・メディア・グループ(CMG)北京スタジオで収録されました。番組前半では、近年まで数年前まで極貧の農村が集まっていた広西チワン族自治区桂林市の農村を事例として、中国式現代化の特徴である「人民全体の共同富裕」「人と自然の調和的共生」の具体例を中日双方の専門家に紹介していただきます。
中国は2021年に絶対的貧困の問題を解消したと発表しました。その後は、貧困脱却の成果を固めながら、農村部をさらに発展させる「農村振興」の段階に移行しています。中国式現代化の現場であり、農村振興の現場では何が起きているのでしょうか。昨年から、桂林のフィールド調査をしている清華大学社会学院政治学科の張小勁教授、中国のデジタルイノベーションをテーマに研究を続ける清華大学-野村総研中国研究センターの川嶋一郎理事・副センター長のお二人にお話を伺います。
■目を奪われた農村の“変化”
――桂林の農村で調査を続ける理由は?
張 私はこれまで、デジタル技術の普及が中国社会のガバナンスにもたらした変化を研究してきました。そこで、北京などの大都会だけではなく、農村部、それもかつて貧困地区だった農村ではどうなっているのかを知るために、貧困問題が際立つ広西チワン族自治区の桂林を調査対象にしたのです。
1990年代初め、広西の貧困人口は全国の10分の1を占めていました。とくに、桂林の山間部は、数年前まで特別困難地区(集中連片特殊困難地区)と呼ばれる極貧の村落が連なる地区でした。そして、調査を進めるうちに、地元の桂林銀行が農村振興で大きな役割を果たしていることに気づき、非常に興味を持ったのです。
桂林市雁山区の養牛場の廖栄強総経理(写真中央)にヒヤリングを行う張小勁さん(左)と川嶋一郎さん(右)
――川嶋さんが桂林を訪問したきっかけは?
川嶋 張小勁教授からのお誘いがきっかけでした。実は、行く前にそれほど期待してはいなかったのですが、実際に現地を訪れた感想は、まさに「百聞は一見に如かず」。桂林銀行の若い行員たち、現地で出会った農村部のリーダー、地元の起業家の方々など、皆さんがとても生き生きと仕事に取り組み、経済的にも豊かになっている姿に目を奪われました。
近年、日中間の人的往来が停滞するなかで、メディアには「不動産バブル崩壊」「失業率上昇」といった報道が溢れています。また、この10 年ほどは、中国の経済発展といえば、デジタル分野を中心とした新興企業や最先端のイノベーションばかりが関心を集めてきました。 桂林の「農村振興」の現場には、そうした世界とは異なる光景が広がっていました。現地で出会った人々の地に足のついた活動は、私にとって「衝撃」でした。
■銀行業務を超えた桂林銀行の取り組み
――農村振興を支えた桂林銀行とは?
張 1997年設立の国有の地方商業銀行です。桂林市を中心に広西チワン族自治区のほぼ全域で事業を展開しています。もともとは都市部で事業を行っていたのですが、他の銀行との競争が激しくなる中で生き残りをかけ、2019年10月に「農村振興」に舵を切りました。
川嶋 桂林銀行の売上高を日本の地銀と比較すると、九州フィナンシャルグループ(鹿児島・熊本)や八十二銀行(長野)とほぼ同じ規模です。拠点網は4層構造になっており、大都市の中核支店、都市部と県の一般支店、そして農村部の郷鎮には「小微支行」(出張所)、末端の小さな村には「服務点」(簡易店舗)が設置されています。2019年以降、農村部の店舗網は急拡大し、特に「服務点」は2019年から23年にかけて3 倍増し、約 7000 店舗に達しています。
桂林・陽朔地区の山間部に広がるキンカン畑
――桂林銀行が果たした大きな役割とは?
張 現在のような活発な物流や商品経済の中では、キャッシュフローの大きさがネックとなりますが、この問題を解決したのが桂林銀行です。ある農村でのキンカンの生産を例に解説しましょう。
広西ではこの5年から7年で、農業技術が進み、キンカンの品質が大幅に向上しました。苗木が改良され、実が大きくなり、糖度も高くなりました。簡易的なビニールハウスなどの導入により、収穫期間が以前の1カ月程度から3カ月に延び、販売期間も長くなり、農家の収入も増えました。そして、生産技術の変化と同時に、農村の組織化にも変化が起きました。“合作社”が作られたのです。合作社は収穫、集出荷、販売を決め、できるだけ農家に有利な価格で買い取っています。キンカンが農村の貧困や物流の問題を解決し、経済を発展させるきっかけになるなんて、だれも想像していませんでした。
この過程で桂林銀行は、興味深い役割を果たしています。村々に小さな営業所である「服務点」を置くことで、農民たちが必要な金融支援を受けやすいようにしたのです。その結果、農家の収益は年々増加しました。ある400人規模の小さな村の「服務点」では、村人からの預金が毎年1億元(約20億円)を超えるようになり、とても驚きました。決済方法は現金ではなく、すべてオンライン決済になっています。
川嶋 私は観光業の例を紹介しましょう。桂林は「漓江の川下り」が世界的に有名ですが、現在は棚田の風景も現地を代表する観光地になっています。この観光開発のリーダー的存在となったのが潘保玉さんです。1971年生まれの潘さんは貧しい時代を経験してきた世代です。20代の頃に北京に出稼ぎに行った時は、都会に来ていく服が無く、村長からもらった古着を着て行ったそうです。
潘さんの村・桂林市龍勝各族自治県龍脊鎮大寨村の様子
出稼ぎ先で、地元の県政府が棚田の観光開発を本格化するという話を聞きつけた潘さんは、帰郷して棚田の景観の改善に取り組みました。棚田を取り囲む山々は、長年、地元の人々が薪をとるために伐採を続けた結果、「はげ山」になっていましたが、潘さんが周辺の周囲の人たちに呼びかけて植林を行いました。村は美しい観光スポットとなり、現在では200軒以上の民宿が建てられていますが、これらの民宿 1 棟当たりの建設費は 400~500 万元、日本円で1億円近い金額で、外地からの投資も多いそうです。
張小勁教授と潘保玉さん
観光客が景観区に入る時の入場料収入の10%は、周囲の村に還元される仕組みになっています。2019年、潘さんの村では一世帯あたりの分配金が200万円を超えたそうです。民宿の建設費など、さまざまな観光投資で大きな資金が投下されると共に、観光客が落としていく観光収入によって、少し前までは非常に貧しかった村に、大きなお金の流れが生まれています。
■農村部の人材活用と現地の工夫
――ここにも大きなキャッシュフローが生まれていることが、キンカンの村と似ていますね。ところで、日本の地方銀行とは異なる桂林銀行の特徴とは?
川嶋 私は、桂林銀行の「服務点」の展開の仕方に感心しました。「服務点」は共産党書記、村長、医者など、村の有力者に運営を委託する形をとっています。有力者の自宅の一部を改装し、店舗として使っています。
桂林銀行の服務点
村の有力者をはじめとする地元の人材の活用は、農村部で店舗網を急拡大できた要因のひとつだと思います。地方の農村では、銀行で取引した経験がない人も多く、銀行が融資をしようと思っても、その判断材料になる個人の信用情報が極めて少ない。桂林銀行には、村単位で与信枠を決め、その枠内で個人に融資をする「整村授信」というスキームがありますが、最終的に個人に融資をする際には信用評価が必要となります。そこで、服務点の店長が持つ地元の人脈や情報が重要な判断材料となるのです。
村落の「服務点」に設置されたタブレット端末
桂林銀行が支援する農村振興モデル区の看板
桂林銀行が村民の生活全般を支援している点も特徴的です。「服務点」の店舗では、桂林銀行が自社開発したタブレットタイプの簡易端末で、お金の出し入れや振り込み、公共料金の支払いなどが行われていますが、この端末には村民の生活に役立つ数多くのメニューがあり、例えば、病院の受診予約などもできます。また、「服務点」では、住民に呼びかけ、道路の補修をしたり、清掃活動をしたり、一人暮らしの老人の支援をしたりと、様々な生活支援活動を行っています。
産業振興支援としては、企業や合作社などへの融資のほか、村の一村一品運動や村人たちの就業・創業の支援も行われています。さらに、ネットショッピングのサイト立ち上げ、ライブコマース用のスタジオの設置など、農民が農産物のPR や販売ができるようなサポートも積極的に行われています。
生活支援ボランティア活動を呼びかける桂林銀行の看板
桂林銀行が設置したライブコマース用スタジオ
■桂林銀行は人と人をつなぐ“パイプ役”
――他にはどんな変化がありますか?
川嶋 桂林銀行が人と人をつなぐことで、新しい変化も生まれました。
若手起業家が経営する養牛場を訪問したのですが、ここで驚いたのは、飼育場に臭いがないことでした。牛の飼料は周囲の農家から出るトウモロコシのカスや稲わらなどが原料となっていますが、これを発酵させるために、彼らが大学と共同開発した発酵促進剤が使われています。この促進剤にはアンモニアを分解する作用があり、飼料原料の発酵以外、飼育場に噴霧することで臭いが抑えられているのだそうです。牛糞は有機肥料に加工され、飼料の原料を提供する農家に還元されるほか、街路樹や家庭の樹木の肥料にも使われています。農業残渣や牛糞などを活用し、ゼロエミッションの仕組みが構築されているのです。
この成功には、経営者の努力はもちろん、多くの人の協力が不可欠でした。原料を提供してくれる農家や食品工場など、協力者の多くは桂林銀行の顧客であり、桂林銀行がパイプ役になることで、このゼロエミッションモデルが確立できたのです。こういったことは、銀行業務と直結するものではありませんが、銀行を貧しい農村部に根付かせ、拡大させるために必要な努力です。銀行の若い人たちも、地元を豊かにしたいということで、非常に熱意を持って実直な取り組みを続けています。
■中国の発展を支える「改革開放」と「身の丈イノベーション」
――さて、遅れていた広西が発展できたマクロ的な背景は?
張 カギは「改革開放」だと思います。その中で最も重要なのが「双循環(国内と国際の二つの循環)」です。
広西の「国内循環」のポイントは、広東省に隣接した立地にあります。広東省は早い段階で豊かになり、巨大な消費市場となりました。広西で生産される大量の果物や野菜、畜産品は、広東省をはじめ、珠江デルタ地域、さらに香港やマカオにも出荷されています。
「国際循環」は、日本を含む海外への果物の輸出や原材料の供給などです。さらに、中央政府の指示の下で、東南アジア全体との貿易も行われています。広西ではこのように「双循環」が形成されています。
川嶋 私は、人々のイノベーションの意欲を挙げたいと思います。
桂林では、多くの「身の丈イノベーション」が実践されていました。桂林銀行の簡易端末、養牛場の発酵促進剤、農産物の品種改良や栽培技術の向上などは小さな身の丈の変革であり、テンセントやHUAWEIのような大企業による最先端技術の応用とは全く異なるものです。しかし、そこには共通点があります。農村部の農家であれ、都市部の巨大企業であれ、イノベーションに取り組む人たちには、「自分たちの暮らしを少しでも良くしたい、少しでも便利にしたい」という思いがあり、実践があります。こうした意識の総和が中国のイノベーションの底力であり、産業発展の原動力なのだと思います。
(取材&構成:王小燕 校正:鳴海美紀 写真提供:川嶋一郎)
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