「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
後漢の時代、若いころから志が大きい班超という人物がいて、のちに将軍の竇固の元で匈奴と戦い、手柄を立てたことを認められた。そして漢の明帝に呼ばれ使者として西域に赴いた。それは遠い道のりだった。班超たちは山を越え河を渡り、砂漠を通ってやっと障ネ善国(ぜんぜんこく)に着いた。この国の国王は、漢からの使者が来たというので、自らで迎え出て、それは丁重にもてなした。
班超が国王にいう。
「私は、障ネ善国(ぜんぜんこく)と仲良く付き合うことを願う漢の皇帝の使いとしてやってまいりました」
「おう、それはよいこと。是非、仲良く付き合いたいですな」と国王は喜んで答える。
さて、数日後、漢の敵である匈奴も使者を障ネ善国の送ったので、国王は同じように丁重に扱ったところ、宴席で匈奴の使者がいう。
「国王さま。漢はひどい国ですぞ。いま、その使者が来ていると聞きましたが、使者の言うことに惑わされてはいけませんぞ」
これを聞いた国王は、不安になってしまった。
そしてその次の日、班超が国王に会いたいというと、国王は会いたくないという。その上、影では人をやって班超らの動きを見張っている。これに班超は怒りを覚えたが、まずは手下を集めて話し合った。
「障ネ善国が我々に冷たくなったぞ。これは匈奴からも使者がきて、国王を丸め込もうとしているのだろう。そして国王は漢にか匈奴にか、どちらにつくか迷っているに違いない。国王は賢い人物だと思ったが、そうではなさそうだ。これからどうする?」
そこで、一人の部下が「私めが、こっそりと匈奴のものを捕まえてきましょう」というので、班超はこれに同意した。こうしてその部下は、障ネ善国にやってきた匈奴の一人をひそかに捕まえ、事をしゃべらせたところ、班超の思ったとおりであった。そこで班超は部下を集めたが、匈奴側は人と兵馬が多く、守りも固いとある部下がいう。
「班超どの、味方は手薄なのでどうします?」
部下のこの問いに班超は考えていたが、不意に言い張った。
「いま、国王が我々を捕らえ匈奴に引き渡せば、みんな殺されるぞ。こうとなっては,匈奴の奴らを皆殺しにするしかない。そうすれば、国王は恐れをなし、われわれの使命は果たせることになる。いいか、虎の穴に入らなければ、虎の子を得ることはできないのだ!」
これに手下たちはずべてうなずいた。そこで班超はその夜、部下を率い二手に分かれて匈奴の泊まっている近くにもぐりこんだ。そして一手に陣太鼓などを大いに叩かせ、一手に匈奴のすむ天幕に火をつけさせた。そのときはちょうど強い風が吹いていたので、火の手は瞬く間に大きくなり、寝ているところを突かれた匈奴のものはびっくり仰天して恐怖におののいた。こうして匈奴たちは大混乱に陥り、多くのものが潜んでいた班超とその部下に切って捨てられ、また残りの百人余りはすべて焼け死んでしまった。
次の日、班超は障ネ善国の国王を招き、その場で匈奴の使者の首を示すと、国王は震え上がった。そこで班超がことのいきさつを話し、国王をいたわると、国王は、漢と仲良く付き合っていくことを班超に約束したという。
今度は《晏子春秋》という書物から「千慮の一得」です。これは愚かなものでも
その多くの考えに中には一つぐらいいいものがあるという意味でしょうね。
日本では「愚者にも千慮の一得あり」といっているようですね。
「千慮の一得」
時は春秋時代、晏子は斉の宰相という身分でありながら正直である上、粗末な暮らしに甘んじていたことから、この国では信頼できる人物として、人々から慕い仰がれていた。
ある日、斉の王である景公が使いを送ってきたが、そのとき、晏子はちょうど朝餉をとっているところだったので、使いはまだだろうと、もてなしに自分の朝餉の半分を出して一緒に食べた。使いはこれに驚いたが、それよりも宰相である人物が民百姓と同じものを食べていることに驚き、また感動し、宮殿に帰るとこのことを景公に話した。
これを聞いた景公、これまで宰相である晏子が、そんな暮らしをしているとは思ってもいなかったので、金一千両をすぐさま晏子の屋敷に送らせた。しかし、晏子はこの金をすぐに宮殿に送り返した。そこで景公がもう一度屋敷に送らせたところまた送り返されてきた。
「なんじゃ?晏子は頑固で変わったものじゃのう」と景公はその次の日に晏子を呼んで聞いた。
「そちはどういうことじゃ?かつてわが国の管仲も王の恒公からの金は受け取っておるぞ。しかし、そちはどうしてわしの送った金を受け取らんのじゃ?」
これに晏子はこう答えた。
「優れた人の多くの考えにも、時には誤りというものがございます。また愚かなものでも,多くの考えに中には一つぐらいいいものがあるというもの。実は君であろうと臣であろうと、心を清らかにし欲を持たずに過ごすことが大事でござります。で、私めは愚か者でござりますから、私の考えの中にも一つぐらいいいものがあると思っておりますので」
これを聞いた景公、しばらく考えていたが、そのうちにうなずいたという。
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