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1月10日 火曜日

2017-01-10 19:28:52     cri    

一時間目 もう一つの紅白、中国現代文学の散歩道~李敬澤「趙氏孤児」(1)

担当:王小燕、斉鵬


 今日の北京は澄み渡るような青空が広がっています。放送局近くの大通りには、この時期限定の旧正月を祝うための花火の屋台が見られるようになりました。皆さんはお正月休みをいかがお過ごしでしたか。

 「スペシャル・バスケット」は新年特別番組「紅白歌比べ」の収録現場でのインタビューをお送りします。今年の「CRI紅白歌比べ」は40周年記念企画として、「中日歌唱コンテスト」を開催しました。参加した選手や審査員、観客たちに感想を聞きました。

 今週は2017年最初の火曜ハイウェイでもあります。年の始まりにふさわしく、今回からの新企画をご用意しました。中国の現代作家の文学作品を朗読で紹介する新コーナー、タイトルは「中国現代文学の散歩道」。中国文学の翻訳誌『新しい中国文学  灯火』雑誌社の後援により実現した企画です。

 去年の「スペシャル・バスケット」でもご紹介した『灯火』は、中国で最も権威のある文学雑誌『人民文学』の日本語版として、2015年12月に創刊。「伝統と文化」をテーマにした創刊号に続けて、これまで全3冊が刊行されています。

 初回からシリーズでご紹介するのは、去年3月に刊行した「特別版」に掲載された作品、中国人作家で文芸評論家の李敬澤(り・けいたく)の小説「趙氏孤児」、翻訳は水野衛子(みずの・えいこ)です。今回は第1部「王妃の陳情」を王小燕と斉鵬の朗読でお届けいたします。

 【背景】
 ★李敬澤について
 1964年天津生まれ。 北京大学卒。中国作家協会副主席、中国で最も権威ある文芸雑誌『人民文学』の元編集長。著名な文芸評論家で、中国の作家たちの尊敬を集めるとともに畏怖される存在でもあります。
 幅広いスタイルの作風の作家としての顔もあり、『検証千夜一夜――21世紀初の文学生活』、『文学のために申し開きをする』、『反遊記』、『小春秋』、『理想的な読者へ』などの著書があります。

 ★「趙氏孤児」について
 司馬遷の『史記』にも出てくる史実をもとに、元代の劇作家・紀君祥が元曲として創作した中国の有名な悲劇の一つで、18世紀にはフランスの作家ヴォルテールによって翻案され、ヨーロッパで舞台化された最も古い中国の芝居でもあります。
 中国でも繰り返し京劇などの伝統演劇や話劇の舞台テレビドラマに取り上げられ演じられてきました。近年では、陳凱歌監督が映画化、日本語訳『運命の子』として、2011年に日本でも公開されています。
 これら良く知られた「趙氏孤児」は、霊公殺害の冤罪で趙家が将軍・屠岸賈(とがんこ)によって、一家全滅の罪に問われた際、趙家に恩のある公孫杵臼(こうそんしょきゅう)や程嬰(ていえい)らによって助け出され趙盾(ちょうとん)が一人生き延び、やがてその孫の趙武が長じて一家のあだ討ちをするという復讐の物語です。
 李敬澤のこの小説はその有名なストーリーのエピローグ、またはスピンオフともいえる内容になっています。霊公と趙盾との確執(かくしつ)に、中国の現代にも通じる諸問題を見出すという、単なる歴史小説を超えた語り口になっています。

 ★第1部「王妃の陳情」
 紀元前621年、晋の襄公(じょうこう)が崩御した。王位継承者である彼の息子はまだ幼い乳飲み子であった。時の宰相であった趙盾は「子どもは晋国の王位に就くにふさわしくない。晋国は年かさの成熟した君主を立てるべきだ」と、別の候補を考える。事は順調に進んでいるとばかり思っているところで、趙盾は王妃の陳情に出くわす。
 一体、晋の霊公となるのは誰なのか。

 ★関連の言葉
 
【晋国】紀元前11世紀 - 紀元前376年、現在の山西省に西周から春秋時代にわたって存在した国。始めは「唐」と呼ばれていたが、後に「晋」と改められた。
 【労働改造所】労働改造とは「(犯罪者などを)労働を通じて改造(矯正の意)する」ことの略語。中国で1950年代から実施されていた矯正処遇政策だが、2013年に廃止された。「労働改造所」は労働改造機関の一つ。

 ★登場人物
 趙盾(ちょうとん):晋の政治家。趙衰の長男。晋で長く政権を執り、趙氏の存在を一躍大きくした。
 先蔑(せんべつ):晋の武将。
 士会(しかい):晋の武将。
 屠岸賈(とがんこ): 晋の国の臣であり、敵対する晋の一大勢力「趙」氏を滅ぼす手前まで追い込みながらも、密かに育てられた趙氏の生き残り「趙武」の反撃を受けて滅んだ。
 趙武(ちょうぶ):晋の政治家。父の代に一度は滅亡した趙氏を再興させ、晋と楚の和睦を成し遂げる大功をあげた。

二時間目 空手の道を生きる~少林寺流空手道連盟錬心舘師範・今井実さんに聞く(上)

聞き手:王小燕、高橋恵子

 年が明けて最初のCRIインタビュー。素敵なお客さんをスタジオに迎えました。横浜からの空手道師範・今井実さんです。

 がっちりした体格に、何事にも動じない落ち着いた表情。見た目からして屈強な空手マスターの今井さん、「僕は子どもの時、体が弱かったのです。体育の授業が苦手で、いつもウソをついてサボったりして、同級生からいじめられていました」などという話を、誰が信じましょう。

 「将来、何になろうと思ったのかは、もう覚えていない。それよりも、何になれるんだろうとばかり思っていました」

 「強くなりたい!」と願い続けていた今井さん、17歳の時に運命の出会いがありました。

 その場所は家の近くにある横浜中華街。出会ったのは当時33歳の空手師範・三代正廣(みしろまさひろ)氏。

 17歳から稽古が始まり、汗水を流す日々のスタートです。稽古が始まって1年経った時から、大会にも出るようになりました。しかし、最初は厳しい試練の連続でした。

 「何度やっても勝てない、当たらない、届かない、怖さが消えない。早く終わってくれないかとばかり考えていました。だって、僕は決して大好きで空手を始めたわけではない。強くなりたいからやっているだけ。苦労が好きでやったわけではない」

 しかし、一つだけ決意が固かった。

 「ここでやめても目指す自分にはなれないだろうし、ほかのことをやっても苦難を乗りこえなきゃいけない。逃げて回り道をしても、結局何も変わらない」

 今は400人の門下生を抱えている今井師範。北京支部に年2回ほど指導しに訪れ、多忙な日程をやりくりしている毎日です。

 「どんな動作でも1万回練習すれば、上達する。だから、黙って3年やれば、人と違ってくる」

 淡々とした語り口で教えてくれました。

 では、一体、弱い自分を乗り越えて、強くなるにはどうすれば良いのか。今回は空手の由来、今井師範と空手との出会い、空手道の追い求めるものなどをめぐり、SNSに寄せられた皆さんの質問も織り交ぜながらお話を伺ってまいります。

 余談ですが、中国のソーシャルメディアでは、「空手」と言うと、その代名詞とされる人物がいます。『名探偵コナン』のヒロイン「毛利蘭」のことです。いったい、毛利蘭の技は、今井師範が検定すると、何段に見えるのでしょうか。詳しくはインタビューをお聞きください。

 【今井師範に聞く】

 ――空手の由来を教えてください。

 元来、空手のルーツはインドから達磨大師が仏教と共に中国の少林寺に伝え、それが沖縄琉球王国を守る武士達に伝わり、元々沖縄にあった武術「手(ティ)」と融合して、唐手「カラテ」となったものが始まりと言われています。

 ――「少林寺流空手道」とは?その特徴は?

 開祖・保勇(たもつ いさむ)氏の作った流派です。特徴は、運足の出入りの速さにあり、四股立ち、前屈立ち、交差立ちの三つの立ち方を基本に七つの型を修行します。身体の大小、筋力の強弱に関係なく老若男女どなたでも迫り来る危機・暴力を回避し、自己を守り敵を制する、優れた理想の護身術として身に付ける事が可能です。

 【プロフィール】

 今井実(いまい みのる)さん

 全日本少林寺流空手道連盟錬心舘関東地区本部今井道場師範(錬士五段)

 1965年に生まれる。

 17才の年に、錬心舘に入門。その後、他に類を見ない組手の達人として、錬心舘東日本選手権大会を始めとした数多くの大会で優勝、入賞を多数重ねる。

 現役選手として空手道を究めるべく研鑽を積むと同時に、後進の指導にも情熱を燃やし、2010年には神奈川県横浜市中区に「今井道場」を開設。空手の「技術」にだけでなく、人としての成長を促す高い指導力には定評があり、日本人のみならず在日外国人も含め、老若男女多数の門下生を集めている。現在、「今井道場」には400名近い道場生が通い、単一の空手道場としては日本で最大規模のものとなっている。

 2013年9月より、北京に「今井道場北京支部(支部長:江利川宗光)」が開設され、年に2回、北京在住の日本人や中国人支部生の指導や昇級審査のため訪中している。

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