スタンレー電気
天津技術開発区ー濱海新区は、環渤海湾地域の中心に位置しており、港のほかに、経済ハイテク技術開発区、輸出加工基地、保税区などの機能がそろっています。長江デルタ地帯と珠江デルタ地帯に継ぐ中国北方地域の主要な経済開発区として、国からの優遇政策をも受けています。建設されて以来、年々めざましい発展を遂げており、ビジネス招致の面でも大きな成果を上げています。また、そのサービス機能もどんどん整備されています。
中国の改革開放政策を受けて、日本、韓国、ドイツ、アメリカなどの大手企業が続々と、中国市場に進出しています。その中で、多くの企業が天津に中国進出の拠点を置きました。濱海新区の中心部には、工業団地があります。そこには、有名な外資系企業の工場が次から次へと建てられています。天津スタンレー電気有限公司もその一つです。
スタンレー電気株式会社は1920年、北野隆春氏によって創設されました。当時、日本国内の自動車保有台数が僅か8000台足らず、しかも全てが輸入自動車の時代に、自動車用ライトの製造・販売を始めました。社名の「スタンレー」は、アメリカ大陸に足跡を残した探検家「ヘンリー・モルトン・スタンレー」の名前からきています。以来、スタンレー電気は、自動車用照明製品や発光ダイオード(LED)のリーディングメーカーとして揺ぎない地位を築いてきました。現在、交通インフラや産業機械など商用・個人用を問わず、幅広い分野に、業務を展開しています。また、経済のグローバル化に対応するため、世界各国に進出しています。インド、タイ、オーストラリア、ドイツ、アメリカ、そして中国の重慶、台湾、香港などにも、製造・販売の拠点を置いています。
その中国現地法人となる天津スタンレー電気有限公司が設立されたのは、今からちょうど10年前の1996年。日本スタンレー電気が90%を出資しています。900人あまりいる社員はほとんどが中国人です。設立当時からずっと今まで、この会社で働いている社員も非常に多いそうです。日本人社員はほとんどが本社からの派遣で、僅か10数人しかいません。主に技術サポートのスタッフです。天津スタンレーでは、中国人が部長や課長など、主要な管理職を担当しています。これについて、天津スタンレー電気有限公司の耿宝健副総経理は「天津スタンレーは、人材の管理と養成を非常に重視しています。待遇をよくするほか、教育のチャンスも提供しています。大きな舞台で、いろいろなことにチャレンジできる。だからこそ、10年間ずっと、やめることなく働いてくれた社員がたくさんいるんです」と述べました。
日系企業であるため、社内の規定はやはり、日本式のものが多いです。しかし、中国側の状況を考慮しながら、管理職職員で討議を重ね、規定を決定しています。
ところで、日本人スタッフが少ないといっても、社員たちの間で、トラブルは常にあるようです。「トラブルは非常に多いです。でも、会議を開き、お互いに話し合うことによって、毎回うまく解決していきます。トラブルを解決していくなか、私たち管理者も経験を積み重ね、大きく成長することができた」(耿宝健)
確かに、文化的な衝突は避けられることができませんが、互いに理解することができれば、うまく解決できます。トラブルがあっても、日本人スタッフと中国人スタッフは非常に仲がいいそうです。天津スタンレーは、いまや、社風や企業理念も、ローカルさせることに成功し、中国社会に根付いた企業として発展しています。
今、両国の政治的環境が大きく改善されました。スタンレー電気を始めとする日系企業もより注目を浴びるようになるでしょう。耿宝健さんはこれについて、「個人的な意見ですが、中国と日本が互いに交流を深めることは非常に重要だと思います。カルチャーギャップによって生じた問題は、交流によって、解決できますから。両国の経済的な往来は、より緊密になるものと信じています」と語っています。
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