時は唐の時代。信州地区に葉遷遇という人がいた。葉遷遇がある日、山登りをしたが、頂上近くで急に大雨が振り出したので、雨宿りのため大きな樹の下に逃げ込んだ。しばらくすると、雷が鳴り出し、どうしたことか、不意にものすごい音がしたので葉遷遇は気を失ってしまった。ふと気がつくと、どうも雷が近くの大木に落ちたようで、木がこげるにおいがする。そして雨が止んだので、恐る恐るみると、その大木は真っ二つに割れており、いくらか揺れたかと思うと、割れた樹がふさがり始めた。しかし、何かが真ん中に挟まれている。
「な、なんだ?」と目をこすってみると、なんと絵で見た雷さまのようなのが、あわてて動けなくなった体を必死に動かしていた。驚いた葉遷遇があきれてそれを見ていると、雷さまは葉遷遇に気付き、自分のみっともないさまを人間に見られたので、その赤い顔を更に赤くした。これを見た葉遷遇は、急に雷さまが気の毒になり、自分が力持ちであることを思い出し、さっそく近くに転がっていた石を抱いてきて、樹の割れ目に差し込んだ。そこで雷さまは、どうにかして挟まっていた体を樹から抜くことが出来た。
「いや、いや。かたじけない。かっこ悪いところをあんたにみせてしまいましたな。お恥ずかしい」
雷さまが、気軽に話しかけてきたので、葉遷遇も気が楽になって答えた。
「いえいえ、どういたしまして」
「ところで、あんたの名前は?」
「わたしですか?わたしは葉遷遇といいます」
「葉遷遇どのでござるか。どこに住んでおるのかな?」
「この葉県の町です」
「ほうほう。葉県の町ね。どうでござる。明日のこのとき、またここへ来られや」
「え?明日のこのときに?」
「いかにも。いやいや、驚きなさるな。あんたに害を加えるようなことはいたさんから、安心しなさい。では」
雷さまは、こういうと空から飛んできた雲にのり、あっという間に天に昇ってしまった。
これに葉遷遇はそこに突っ立ったまた呆然としていたが、我に返ると首をかしげながら、「これはいいことがあるかもしれない」と思って山を下りていった。
さて、翌日、雷さまは、いったい何のようで自分にまた来いといったのかなと考えながら葉遷遇は、前日のかの場所にくると、雷さまが約束どおり、そこで待っていた。そしていう。
「葉遷遇どのとやら。この書物はなかなかいいですぞ。この書物に書いてあるとおりに物事を運べば、雷を呼び、また、病をも治すことが出来るのじゃ」
「え?ほんとうですか?」
「うそはいわん!実は、わしには五人の弟がいてのう。わしは長男で雷大と申す。弟はそれぞれ、雷二、雷三、雷四と雷五いう名前じゃ。あんたが、何かあったときに名前を呼べば、必ず手伝いにまいろう」
「え?わたしの手伝い?」
「ああ。昨日あんたがわしを助けてくれたお礼じゃ。助けてもらったのに、お礼もせんでは、いかんからのう」
「はい、わかりました」
「しかし、断っておくが、わしら兄弟は気が短いので、急用でないときは、わしらの名前は呼ばんでくれ。わかったな。ではわしは忙しいのでこれで!」
雷さまは、こういうと昨日と同じように雲にのって天に昇っていった。
こうして、葉遷遇は雷を呼んで雨を降らせることができるようになり、吉州以外の日照りの日々が多いところで、頼まれて雨乞いして雨を降らせたので人々から喜ばれた。
さて、ある日、葉遷遇は吉州という町で、酒をのみ、度が過ぎて酔っ払ってしまった。実は、ここの地方の長官が、昔からのへそ曲がりで、人をねたむ癖があり、葉遷遇の事を聞いても信じないし、面白くない。そこで、いつかは捉えて懲らしめようと企んでいたのだ。そして下の者に葉遷遇のあとをつけさせ、葉遷遇が酒屋で酔ってしまったとの報告を聞いたので、捕らえてまいれと命じた。
こうして葉遷遇は、酔ったまま役所に引っ立てられ、「お前は化け物だ」と決め付けられて痛い目にあわされかけた。このとき酔いから醒めた葉遷遇は、自分が危ないと気付き、不意に「雷五!助けてくれ」と叫んだ。
すると、それまで雨がふらなかった吉州の空に、雲もないのに「ゴロゴロ」ではなく、「ガガガーン」というものすごい雷の音がし、葉遷遇を除くものはすべてがびっくり仰天。多くが肝を潰してしゃがみこんでしまうし、腰を抜かすものも少なくはなかった。
もちろん、かの長官もあまりのことなので机の下にもぐったが、我に返ってから、このものすごい雷の音が、確かに葉遷遇が呼んだものだということが分かった。
そこで「そのほうは、いったい何者だ?」
これに葉遷遇は、にっこりわらい、「私は雷さまの友だちです」と答えた。
これを聞いた長官、こんな人物を痛めつければ、自分にどんな罰が当たるかわからんと賢くなり、慌てて走りより、地面に座っている葉遷遇を自ら抱き起こした。
「これはこれは。この長官は、すこし迷ってきたようでござるな。いやいや。これは失礼いたした。貴公をここへ呼んだのは他の用事でござった。いや、失礼、失礼」
こういって長官は、葉遷遇に座らせると頼んだ。
「葉遷遇どの。貴公が雷さまの友だちなら、われら吉州にも雨を降らしてくれんかな?」
こちら葉遷遇は、自分が雷さまを呼んで雷を鳴らせ、これに驚いた長官が、急に態度をガラリを変えて丁寧に扱ってくれたので気を直していた。そこで「いいですよ」と答えたあと、ここは見せ所だと思って長官に言う。
「では、雨を乞うために庭に壇を作り、線香を焚き、供え物をしてくだされ」
これに長官は「あい分かった」と答え、下の者に、役所の大きな庭に壇を作らせ、供え物を置き、線香を焚いて、その前に厚い座布団を敷かせた。これを見て葉遷遇は笑いたくなったが、それをこらえて、重々しく座布団に座り、わざと眼をつぶり、誰にも分からないことをもぐもく言ったあと、両手を挙げて「雷三、雷四。雨を降らしてくれ」と叫んだ。
すると、それまで雲ひとつなかった空に、どこからか黒雲が立ちこめ、それは吹き始めた強い風につられて瞬く間に空をうずめ、人々がこれを見て驚いているうちになんと雷があちこちで鳴り、強い雨が降ってきた。こうして日照りが続いていた吉州は救われたのだ。もちろん、葉遷遇はいっぺんに神様のようにあがめられた。
さて、葉遷遇が滑州にきたとき、滑州では大雨が続き、近くを流れる黄河の水は溢れ出し、ここの役人と住民は、昼も夜も川の堤を守り続け、それは大変で、大水が起きる寸前にあった。そこで葉遷遇は、川の両岸に二尺あまりの板を並べ立てさせ、空に向って叫んだ。
「雷兄弟よ。これ以上川の水をふやさないでくれ!」
すると、雨雲で覆われている空のあちこちで不意に雷がなり始め、そのうちに馬鹿でかい雷が空を断ち割り、そこから青空か見え始め、雨はやみ、川面はだんだんと低くなり、大水は来なくなったのだ。
また、こんなこともあった。それは、あるところでおかしな病がはやりだしたので、葉遷遇がかの雷兄弟の長男「雷大」からもらった本を読んだのだろうか、そこへ行き、紙に雷さまの絵を書いて、病人がいる人がいる家の戸に張らせた。すると人々の病はそれがうそであったかのように治ったという。こうして葉遷遇は方々で人々を助けた。もちろん、葉遷遇自身は方術などを心得ているわけではなく、ただかの本を大事にしてあちこちを回り、そのうちにどこか行ってしまったわい。どこだって?さあね。
そろそろ時間のようです。来週またお会いいたしましょう。
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