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貴重な資料 |
これは小さい頃使った暖炉です! |
藍法勤さん |
シェー族研究所の所長をつとめる呂立漢副院長は、資料収集のエピソードを語ってくれました。
「うちの女房はシェー族ですので、資料を収集したとき、まず姑の家に目を向けた。シェー族研究所のスタッフと一緒に姑の家にお邪魔して、たんすや箱をひっくり返して、家中を探させてもらった。そしてたくさんのものをお借りして、資料館に持ってきた。またある日、学院図書館の館長は骨董品市場に出かけて、藍という苗字の家族の家系図を見つかった。非常に古くて値段も高かった。彼は『どうしよう』と所長の私に電話してくれた。わたしは『古ければ、逆に価値があるじゃないですか、値段は高くてもなんとかなる、買いましょう』と彼に言った。それでいいものを手に入れた」
呂副院長は、資料収集のもう一つのルートを教えてくれました。各地でシェー族を研究している関係者の協力です。シェー族は主に福建省や浙江省に住んでいますが、広東や江西、安徽省などにも一部のシェー族が暮らしているので、シェー族の資料館にはそれらの地域の資料も提供してもらいました。
資料館のデザインを担当したシェー族の若者、麗水学院の美術の先生でもある藍法勤さんも当時のことを振り返って、こう語りました。
「今、人々は豊かになったね。でも、それとともにシェー族の民族衣装を着て、アクセサリーを身につける人はほとんどいなくなった。お年寄りたちの民族衣装は、その前の世代から受け継いだものだ。とても大事している。ある日、農村に行って、民族衣装を探しに行った。素敵な民族衣装を見つけて、お金を出して売ってもらうか、あるいは、新しい民族衣装を買ってそれと交換してもらおうと思った。でもその持ち主であるお年寄りは、この衣装は自分が十八歳の時、母親が作ってくれた嫁入り道具なので、死んだら、お棺まで入れるといって断られた。とても残念だったけれどもね」
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