中国・アフリカ協力フォーラム北京サミットが、このほど北京で行われました。アフリカ諸国の首脳が北京を訪れ、今後の中国との関係について話し合いました。中国とアフリカ諸国との政治的、経済的、そして文化的交流は今後、もっと盛んになると思われます。
この50年、中国は国内のスポーツチームやコーチを派遣したり、セミナーなどを現地で開催するなどの形で、アフリカ諸国とスポーツ面で交流を深めてきました。特にここ数年、このようなスポーツ面での交流はますます拡大しています。特に2000年以降、中国は、エジプト、エチオピア、ナミビアなど12カ国に、合わせて13種目、38人のコーチを派遣しました。
その中に、一生を体操一筋で過ごした、今年69歳の呉浩瑾さんがいます。1982年から1984年までの二年間、呉さんは、国から派遣されて、モロッコで女子体操国家代表のコーチを務めました。呉さんは、こう振り返ります。
「代表の一軍チームのコーチを務めていました。最初の頃は、選手の数は10人ぐらいでしたが、その後、数人の若い選手が加わりました。全て、私の大切な生徒となりました。モロッコの体操レベルは、当時、強豪国と比べようのないほどの程度でしたが、試合に出場し、自分のレベルを試すことができること、そのこと自体が彼女らにとって初めてですから、体操協会を初め、各方面に大変喜ばれたのを覚えています。」
外国で生活するので、言葉の面や、生活の不便がたくさんあり、またスポーツ施設が整っていないなど、外国で指導に携わったコーチたちは様々な困難に遭いました。呉浩瑾さんは当時の状況をこう振り返りました。
「特に大変だったのは、トレーニング環境が劣悪だったことです。体操の練習には当然あるはずの『スポンジ製の床』もありませんでした。だから、難しい技を練習するのは、大変でした。選手たちの安全を守るため、私自ら床を作るしかありませんでした。」
呉さんのように苦労を惜しまず、アフリカのスポーツ界に全力をあげたコーチたちがいるからこそ、数十年、中国とアフリカ諸国とのスポーツ交流は中断されずに続いてきたのです。この交流を評価して、1986年、国際オリンピック委員会は中国オリンピック委員会に対し、「オリンピックカップ」を授与し、アフリカなど発展途上国のスポーツ促進するに果たした貢献を表彰しました。
北京オリンピック大会では、中国勢だけではなく、中国人コーチの指導を受けたアフリカ諸国の選手たちのプレーにも注目していきたいと思います。
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