挨拶に立った長島さん
中国では、貧困地域の子供たちがいい環境で教育を受けられるようにするため、「希望プロジェクト」を展開しています。これは、中国青少年発展基金会という団体が行っているものです。具体的には、経済的な理由で学校に行けない子供への学費援助や、貧困地域の小学校の新築・改築などを行っています。データによりますと、この「希望小学校」、今までに、中国全土で5000校以上建てられているそうです。建設費用はいずれも、善意ある人々からの寄付でまかなわれています。今回紹介するのは、その5000校のうちのひとつ、河北省にある希望小学校の話です。小学校の名前は、「長島希望小学校」。実は、長島敬一さんという日本人の方が建てた希望小学校です。
学校の教室
この「長島希望小学校」が、河北省易県にあります。もともとこの場所には「劉家溝小学校」という小学校がありました。しかし、教室はボロボロで、屋根もほとんど朽ち果て、夜見上げれば星が見えるような状態だったそうです。そんな状況ですから、雨が降れば休校になってしまいます。さらに、学校は山の中腹にありますから、教師たちはほぼ住み込み状態なわけですが、彼らのベッドはレンガと板で作られた粗末なものだったそうです。
長島敬一さん
こうした様子を見て、長島さんはこの小学校を改築するための資金援助を申し出ました。北京放送のリスナーでもあった長島さんは、北京放送にも連絡を下さいました。長島さんと北京放送の担当者で、あちこち現地視察をしてまわりました。こうして2000年6月1日に誕生したのが「長島希望小学校」だったわけです。
今回、「長島希望小学校」の小さなグラウンドで、開校6周年記念式典が行われました。易県の指導者、中国共産主義青年団委員会の王燕委員長、北京放送の蘇克彬副局長、教師、児童とその家族などが、式典に臨みました。また余談ですが、長島さんは埼玉県で行政書士の仕事をしています。実は今回、長島さんの取り組みに関心を持った18名の行政書士仲間の方々も、一緒にいらしていました。
一緒に写真を取ろう
まず式典のはじめに、校長先生が挨拶に立ち、「長島さんは、6年前この長島希望小学校を設立しました。以来、小学校の教師と児童は、団結して努力してきました。今では、当小学校の成績レベルは、易県の中でもトップクラスです。皆様のご支援の下で、色々な困難を克服することができました。小学校を代表し、皆様に尊敬の意を申し上げます。ありがとうございました。」と述べました。
校長先生の挨拶が終わると、子供たちが長島さんたちのところへやってきて、首に赤いネッカチーフを巻いていました。赤いネッカチーフを巻いてもらうのは、中国の小学生のあいだでは非常に名誉なことです。いわゆる優秀な、少年先鋒隊員だけが、首に巻くのを許されているものなのです。
校長先生の挨拶を受けて、今度は長島さんから挨拶がありました。長島さんは「私は皆さんに2つの感謝の意を表します。1つは、北京放送中国国際放送局のおかげで学校ができ、その後もずっと維持されていることです。ここにいらっしゃる局長、副局長、そして幹部の皆さんの努力に感謝の意を表します。もう1つ、この地区の組織の方々です。この方々と最初から色々打ち合わせをやってきました。党、そして青年団に感謝しております。なによりも、私はここの小学生が大好きです。そして、ここの自然環境も大好きです。それから、苦労をしながら教えている立派な先生。本当にえらい方々です。」と語りました。
子供代表が歓迎の挨拶を
その後、成績上位の子供たちに奨学金がおくられました。奨学金制度は、長島さんが私費を投じて行っているものです。さらに、日々教育に尽力している教師の皆さんにも、教育補助金が手渡されました。これを受けて、児童代表から感謝の挨拶がありました。代表は「尊敬する長島のおじいさん、日本の方々、ご来賓の方々、まず希望小学校を代表して歓迎の意を表します。長島のおじいさん、私達のために、きれいな学校を作ってくださって、どうもありがとうございます。私達は、これからも絶えず努力し、引き続き頑張っていきます。大人になったら、祖国のために、中日両国の友好のために努力します」と述べました。
式典の最後は、子供たちから、歌や踊りのプレゼント。ほのぼのとしたムードで式典は無事に幕を閉じました。
式典のあと、私は子供たちに教室を案内してもらいました。平屋建てで、4つの教室があります。教室の前に大きな黒板が掛かっていて、机と椅子が整然と並べられて、非常にきれいな教室です。子供たちにもインタビューしてきました。「学校は勉強ができるから、大好きです」「将来は経営者になって、村のために努力したい」、なかには「将来、政府高官になって美しい祖国を建設したい」という声もあがりました。子供達の夢いっぱいの心が伝わってきました。
学校が好きですか?
また、長島さんは、創立以来、毎年小学校を訪れており、子供達のあいだでは「おじいちゃん」と呼ばれて親しまれています。長島さんにもお話を伺いました。「6年前は、壁が倒れそうになっていて・・・ちょうど山の斜面に建っているものだから、雨が降ると山から水が流れてきて、古い建物が倒れる寸前、という状態でした。新しい建物は、煉瓦造りで、表面はタイル。屋根は瓦、それから窓枠はクリの木。けっこう丈夫に作ってあるんです。以前から、日中友好協会を通して、希望小学校建設に寄付したことはありますが、個人でも作ってあげたいなあ、と。式典が無事に終わってホッとしています。今後も継続していきます。歴史の一部にしか過ぎませんが、こつこつと、教育に携わってる人を支援していきたいです。」
長島優香さん
お嬢さんの優香さんも、お父さんの意志を継いでこの活動に携わっています。優香さんは、2000年の開校以来、毎年お父さんと一緒に学校を訪問し、さまざまなサポートを行っています。優香さんは「2000年に開校して以来、毎年7月、奨学金を持って小学校を訪れています。今年の子供達が、すごく元気で明るくて。一生懸命勉強する姿を改めて見て、心に熱いものを感じました。"一度始めたことは、細くてもいいから長く続けるように"と父から言われていますので、この活動を通して、中国と日本の草の根の交流、中国の頑張っている農村の子供たちの支援について、意志をついで頑張っていきたいと思います。」と語りました。
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