大学卒業後もずっと勉強しつづけたいという思いがあった。そこで、考えるキッカケや刺激をたくさん与えてくれ、異文化の中で暮らしながら自分の専門知識(日本語教育学)を生かせる協力隊に応募した。在学中にボランティアや個人指導で日本語指導をしてき たことが評価してもらえたと思う。日本語教師の要請は中国が一番多いが、私の第一希望は違う国家だった。正直に言うと、中国へ行くのが怖かったからだ。中国派遣が決まってからは、自分の固定概念を変え、もっと理解できるいいチャンスになるだろうと思うことにした。
赴任前に北京で3週間の語学訓練を受けた。これは派遣までの調整期間だった。特に食べ物や交通事情になれる必要があった。赴任後、自分の生活を確立するのにまだ必死なうちに仕事が始まった。現在、高校1~3年生の「日本語会話」と作文を担当している。1クラス80人と大人数なので生徒一人一人の要望に答えるのが難しい。それでも要望や意見を書いて提出してもらうと、一人一人色んな思いや考えがあることが分かった。そして、「日本の○○が知りたい!」という率直な質問を聞くと、改めて色んな事を考えてしまう。個人的には、日中の差異を際立たせるだけの文化紹介はしたくないが、彼らの知りたいという欲求には可能な限り答えていきたい。視覚的教材が少なく、あっても大人数のクラスで提示するのが難しいという環境の中で、私自身も「日本の文化・習慣って何だろう」と考えながら、今後の授業展開を模索している。
吉林省・長春市第十一中学;日本語教師
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