太極拳は、中国で発祥した武術のひとつです。柔らかく、力強い動き。太極拳は身を守るための格闘技であると同時に、体質を改善するなど病気の治療にも役立ちます。
黄河の南、中国中部・河南省温県にある陳家溝という村こそ、太極拳のふるさとと言われています。河南省の省都・鄭州市から列車や長距離バスで焦作市に移動し、そこからタクシーなどをチャーターして行くことができます。村には600世帯・2500人が暮らし、昔ながらの農耕生活を送っています。
夕方になると、村の太極拳練習場には多くの人が集まってきます。人々はここで、槍や刀を手に、黙々と太極拳の動作を繰り返しています。
陳家溝には特に有名なものはありませんが、武術では有名な人物を輩出しています。明代末期から清代初頭に活躍した陳王廷という武術家は、さまざまな武術をひとつにまとめ、「陳氏太極拳」を編み出しました。
村には、この陳王廷や、太極拳の発展に貢献してきた歴代の武術家の像を祀った祠があります。祠に入ると、向かって右側と左側の壁に、表情の違う2人の人物が描かれています。ひとりは怒っており、もうひとりは穏やかな表情です。また、2人の体からは、何本もの腕が伸びています。
これについてガイドの王セイ宇さんは、次のように紹介しました。
「太極拳の修行で、あるレベルに達すると、体中から腕がたくさん生えてくるような感じがします。攻撃を受けても、敵の力を倍返しにしてやり返せるようになるのです。そうした状態をこの絵は表しているのです」
陳家溝の村を歩くと、武術のふるさとの雰囲気を色濃く感じることができます。たとえば、村人たちは幼いことから太極拳に親しみ、基本技はほぼマスターしているといいます。
村には、国内外の太極拳ファンが多くやってきます。ただ観光するだけでなく、太極拳を学びたいと留学にやってくる人もいます。今年50歳になったアメリカ人のボブさんは、15歳から太極拳を習い始めました。2004年からは陳家溝で、陳氏太極拳の代表・王西安先生に教わっています。
陳家溝での4年間の生活の中で、ボブさんは太極拳の極意を体感したと言います。
「王先生は柔らかい動きで大きな力を生み出します。太極拳では、筋肉の運動がほかのスポーツとは違うのです。ほかのスポーツをすると筋肉が発達しますが、太極拳は筋肉をリラックスさせます。これが太極拳の特徴の一つです」
「これからアメリカに帰って、太極拳の普及に貢献したいです。太極拳は規律や人を敬う精神を教えてくれます。年齢とともに、太極拳のすばらしさが徐々にわかるようになりますね」
ボブさんのように陳家溝で太極拳を学ぶ愛好者は多いようです。1981年3月の日本太極拳協会代表団を皮切りに、これまでに50数ヶ国から100あまりの団体を受け入れています。
これと同時に、海外との交流も深く、1983年には王西安先生が日本を訪問し、陳氏太極拳を海外で初めて披露しました。
太極拳を通じた国際交流について、王西安拳法研究会の閻素傑会長は、次のように述べています。
「海外の太極拳ファンのみなさんは非常に勉強熱心ですね。王西安先生に28年間ついて学んでいる日本人の方もいますよ。太極拳は学ぶべきことが非常に多いので、勉強すればするほど、いろいろなことがわかってくるのです」
さて、陳家溝のある家の庭には、大きな石が置いてあります。陳家溝を訪れる観光客は必ず見学にやってくると言います。実はこの石、武術を学ぶ人のトレーニングに使われていました。重さはおよそ80キロ。この石を抱えて、腕や背中の筋肉を鍛えていたのだそうです。
この家から西へ500メートルのところに陳家溝武術学院があります。王西安先生が学長を務め、国際武術コンテストのチャンピオンを数百名近く生み出しています。また、太極拳の指導者も養成しており、現在はおよそ30名が海外で活躍しています。
専門家によりますと、青少年が太極拳を学べば頭脳が活性化され、心身ともにバランスの取れた発育が期待できるそうです。陳家溝で9年間修行し、現在は学院で少年クラスのコーチを務める張丹さんは、昔を思い出してこう語っています。
「13歳のころ、私は体が弱く、風邪をひいてばかりでした。それが太極拳を学んでから、まったく病気をしなくなりました。太極拳は体質を改善する効果があると思います」(担当:任春生)
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