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河姆渡遺址博物館
   2006-08-02 10:55:14    cri

 河姆渡遺跡は浙江省の寧波市と余姚市の間にある河姆渡鎮にあり、7000年前の新石器時代の遺跡で、国の重要文化財です。遺跡は1973年に発見され、1973年11月と1977年10月の二回にわたって発掘された出土品は7千件余りあります。

 河姆渡遺跡の南端はくねくねと続いている四明山の麓で、南西は東へ流れていく広々とした姚江で、面積が4万?あります。遺跡は互いに積み重なっている、厚さが4mほどの四つの層に分けられ、5千年前の第一層から7千年前の第四層まで、前後2千年の月日も記録されています。

 河姆渡遺跡の第四層は最も文化的な価値が高いとされ、堆積した稲の籾が大量に発掘され、堆積層の平均の厚さは20cm、一番厚い所は80cmもあります。同時に出土された水牛など偶蹄目動物の肩甲骨で作った穴付きの磨製鋤の刃は270点もあります。それらによって、当時の人がここで稲の種を撒いて、骨で作られた鋤刃を柄に結び付けて耕したことが分かります。

   

 遺跡の第三、四文化層では、木造の高床式建築が多く発見され、長いのは25mもあります。それは、今までに発見された一番古い高床式建築です。河姆渡遺跡当たりは当時湖沼地帯だったので、住民たちはまず杭を打ち込み、杭の上に板を敷いて、住んできたように考えられます。このような建築様式は湿気避け、獣避けができるのです。住宅の骨組は土台の真ん中にある高さ3mほどの大黒柱と裏にある高さ3mの支柱、及び表側にあるやや低い柱からなり、梁と柱や桁などはほとんどほぞによって接ぎ合わせられ、屋根は垂れ木に茅で敷いていたのです。金属道具がまだなかった当時には、石や骨の道具でほぞを掘ったように見られます。これらほぞ接ぎの木造建築の科学的な設計と広大な規模は中国では稀なだけではなく、人類文明史でも最も早い時期の傑作だとされています。河姆渡遺跡から木構造の井戸も発掘されました。それは200本余りの削られた杭とほぞ接ぎの横木を組み合わせて造ったものです。形は商、周の金文に出ている「井」という文字に似ていて、漢字の「井」はここから誕生されたのではないかと推測されています。

 ここ数年、周辺の寧波、余姚、慈渓、奉化、象山、鄞県、舟山一帯で、河姆渡文化を継いだ良渚文化遺跡も発掘され、それによって、河姆渡文化の中身が更に充実するようになりました。7千年前から、長江下流地域で生活してきた古代人類は自然と共に生きてきて、長江流域の文明の基礎を築き上げたのです。彼らは黄河流域の古代人類とともに広い中国で中華民族の文化を創ったのです。

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