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中国人の日本留学開始から110年
   2006-07-20 15:34:18    cri

 1896年、中国政府は初めて(1)日本へ留学生を派遣しました。以来、多くの中国人が日本へ留学するようになり、今年、110周年を迎えました。その道のり(2)も中国の変化とともに平坦ではありませんでしたが(3)、留学生の中からは中日両国で親しまれる人や中国の歴史に名を残す人も輩出しました。

 1896年、清政府が日本へ留学生を派遣し始めたことをきっかけに、初めての日本留学ブーム(4)が起きました。その背景には、「甲午戦争」(5)、日本でいう「日清戦争」で中国が日本に敗れたことがありました。中国人は、「なぜ戦争に負けたのか、なぜ日本は強国になれたのか」などと考えるようになったのです。日本から学んで、祖国を強国にしようという志を持って、多くの若者が日本に渡りました。1911年までに、その人数は数万人にも上りました。これらの留学生の中には、孫文が率いる「辛亥革命」(6)で大きな役割を果たした「同盟会」(7)を立ち上げた人たちがいました。中国でよく知られているその当時の革命家には黄興、陳天華、秋瑾などがいます。

 1912年から1930年までは中国にとって激動(8)の時代でした。中国の歴史を大きく変える事件や出来事(9)が次々に発生しました。それらの事に身を投じた(10)人には、日本への留学を経験した人たちが少なくなかったのです。袁世凱の帝政復活に立ち向かったのは李大釗や蔡鍔、「新文化運動」の主な雑誌である「新青年」の中心人物になったのは李大釗や陳独秀のほか、魯迅(11)などがいました。中国共産党を立ち上げたメンバーには李大釗や陳独秀のほか、周恩来(12)などがいます。また、軍事分野では蒋介石、白崇禧、文学分野では郭沫若、郁達夫など中日両国で広く親しまれている人々が多く挙げられます。

 抗日戦争当時の1938年から45年まで、日本留学生の数は激減しましたが、それでも中国の政治や文化に大きく貢献した人は少なくありません。新中国を代表して国連(13)で初めてスピーチをおこなった外交官の喬冠華や孫平化、作家の夏衍、中国国歌を作詞した田漢、「中国民俗学の父」と呼ばれた鐘敬文などです。

 その後、1946年から1976年までの間も、抗日戦争の終了、内戦、文化大革命などで、日本への留学はふるいませんでした。しかし、改革開放が実施されてから、80年代に再び日本留学のブームになり、1987年から1989年までの2年間にはピーク(14)を迎えました。1988年に、自費で日本に渡った留学生の数は2万人にも上りました。

 このように、110年もの長い歴史を持つ日本への留学について考えますと、改めて、両国はまさに切っても切れない密接な関係があるということを感じます。先輩たち(15)が長い歴史の中で築き上げた友好関係を今後もいっそう大事にしなくてはならないと強く思いました。

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