杭州市中心部、美しい西湖のほとりに「東平巷団地」がある。2004世帯5800人が入居するこの団地は、杭州市内では中規模の"ごく一般的な"住宅地だ。
ここで、週に一度の団地の住民による「地域祭り」があるというので、その日を狙って、訪れてみた。団地中央にある広場に近づくにつれ、二胡のテンポよい音楽と甲高い節回しが聞こえてくる。中央に設けられた手作り風の"舞台"では、住民サークルによる伝統劇が披露されている真最中だった。派手な衣装を着ているわけではなく、主婦やサラリーマンらしき人たちが、まったくの普段着のままで、舞台に立っている。ただ喉から発せられる節は、幼い頃から鍛錬を重ねてきたらしく、なかなかの玄人ぶりだ。その前にはパイプ椅子が並んでおり、お年寄りがお孫さんを膝に乗せて、その達者な節回しに耳を傾けている。
「祭り」とはいうが、住民の手作り感あふれるイベントだった。別に気取ったところもなく、パラソルを広げて、その下に長机を置いて、いくつかの出店を作っている。今回は、地域の小学校の先生を講師に迎えて、「切り紙」の講座が開かれていたり、若い主婦向けに「魚の下ろし方」、またギョウザの包み方などを教えるコーナーもあった。下ろした魚はその場でから揚げにして、住民に振舞われる。ギョウザも、"講師"役を務めるおばちゃんが「食べろ、食べろ」と勧めるので、一皿頂いた。豚肉とニラのギョウザは味も素朴。自家製のギョウザは店で食べるのと違い、"念入りに"包んでいるため、歯ごたえもしっかりしていて美味しい。
何人かの住民に話を聞いた。「普段はほとんど家の中にいるが、この祭りの日だけは外に出る」というおばあちゃん。若い夫婦も「毎週参加」しているそうだ。子ども達は、ギョウザを器用に包んでいく年配の主婦の手さばきを興味深げに眺めている。このイベントは、経験豊かな主婦が若い人たちに「家庭の技」を伝える場であり、また週に一度の住民交流の場でもあるというわけだ。
団地内のお年寄りのお宅にお邪魔した。ここに住んで20年になるという兪さん夫婦だ。4DKに夫婦で住む兪さんは、杭州での生活について、「環境もよく、生活も程よく便利」と語る。市街地からすぐ近くのところに広大な西湖があり、立ち並ぶビルや人の往来によるゴミゴミした感じを和らげてくれる。
また杭州市内のお年寄りはバス運賃が無料。また1年に1度の健康診断は無料だし、医療費は5%負担と医療制度も整っている。大企業が多く、豊かな市財政のなせる業だろう。
だが、兪さんが何より気に入っているのは、この団地自体の「住民同士の交流」が盛んなことだという。同年代のお年寄りはもちろん、若い人たちや子ども達とも、イベントなどを通じて、互いに会話を交わすことができる。
団地内を行き交うお年寄りの表情は、心なしか穏やかで、団地全体にゆとりを感じる。別に"高級マンション"ではなく、ごく一般的な経済レベルの人たちが集まる団地ではあるが、団地全体を穏やかな空気が包んでいるような感覚を覚えた。
兪さんは、杭州での生活を「天国のよう」と笑いながら語る。「天上に天国あり、天下に蘇杭(蘇州と杭州)あり」というわけだが、もちろん、杭州市内に住む皆が皆、そんな幸福感を持って生活しているとは限らない。
ただ「元気のある団地」は、決して、杭州市内でここだけではない。各団地でそれぞれ工夫をこらしながら、住民意識を高め、居住環境を整える工夫を行っている。それが「中国一幸福な都市」という評価につながっているのだろう。
このことには、のちほどご紹介する斬新な「地方行政」のやり方も密接に関わっている。だが、ひとまず次回は、この「杭州生活」について、地元の中国人以外の声として、在住日本人の意見を聞いてみたい。(朝倉浩之)
|