茶祭りの終了後、各少数民族のグループが会場の中心部に集まり、それぞれブロックをなし、観衆たちに手を振り、歌ったり、踊ったりして別れを告げていました。
こんな中、ハニ族の群れだけがシーンと静まり返っていました。竹筒を杖代わりに両手で支え、彼女たちはただ、じっと立っているだけ。その左には、「中国のアフリカ人」と呼ばれているリズミカルな民族・ワー族の木太鼓、もう片方はキリスト教を信仰し、ギターを弾きながら、民謡を歌うラフ族の多声部合唱。しかし、両側の賑やかさとは関係ないように、彼女たちは歌わない、声も出さない。
「歌が好きでない民族もいるのか」と私はその時、ただそう思っていただけでした。
しかし、大間違いです。
昼間の振る舞いとは正反対に、目の前の彼女たちは歌っているじゃないですか。誰から歌えと言われたこともなく一人でに歌っています。
しかも、その歌い方は並大抵のものではありません。
遠い山に向かって心の歌を歌う。
この小高い丘にある茶園で、彼女たちは一人一人遠く離れたところに行き、遠方に向かって歌っているのです!
「何を歌っているの?」
合間に、私は一人に聞いてみました。
彼女は微笑みながら、ちらっと私を見ましたが、答えもしないで、引き続き、次のフレーズに行こうとしました。
しかし、何故か目が赤くなりました。
「私、泣いた」。
ぎこちない共通語で自分を指差しました。そばにいた若い女性・ミョンネイさん(20歳)は教えてくれました。
「遠くにいる人のことを懐かしく思い、歌った曲です。」
なるほど。それで泣いたのか。
彼女たちにとって、歌うことは空気を吸うこと同様なもので、誰かに聞いてもらうため、個性を披露するために歌うものではなく、こころから歌いたくて、我慢できない時に、独りでにそれが歌のフレーズになって、歌として出てくるのです。
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