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李陽鳴:命より大切なものだ。

2009-01-27 10:07:07     cri    

 「僕は初めて京劇と出会ったのは3歳の時で、まだ歩けるばかりでしたが、毎日祖父と一緒に立ち回りの稽古をしたり、のどを鍛えたりしました。別に誰かが無理やりに僕をさせようとしたのではなく、ずっと祖父の李万春と住んでいたおかげで、自分が聞き慣れたり見慣れたりして、だんだんと好きになっていきました。僕の初舞台は6歳の頃で、祖父が『閙天宮』(猿劇)の孫悟空を演じ、僕が哪咤を演じたのです。」

 

 「それは李さんが手ほどきを受けた演目ですか?」

 「いいえ、その時はまだ何も知らずに、ただ祖父と一緒に舞台にのぼれることが嬉しかっただけです。手ほどきの演目といえば、歌や演技を主とした演目は『鍘美案』の陳世美で、立ち回りを主としたのは『夜奔』の林冲であり、これはその後北京少年宮で教わったのです。」

 「『夜奔』ですか?それは武生にとって、もっとも難しい演目でしょう。」

 「そうですね。京劇界では、昔から『男怕夜奔女怕思凡』(『夜奔』と『思凡』は演目のタイトルで、『夜奔』は男の役者・生にとって一番難しくて『思凡』は女の役者・旦にとって一番難しいという意味)という話がありましたが、『夜奔』が演じられるのならほかの演目が易しくなります。ですから、先生はわざと難しさの高い演目を選んで僕の手解きの演目としました。」

 「これは『よい師から立派な弟子が出る』ということでしょう。」

 「僕には過分のお言葉です」と、李陽鳴は謙遜して笑い、雰囲気がさらにやわらかくなりました。

 「御祖父様の『紅生劇』(関羽に関した演目)も人々によく知られており、李さんが初めて『紅生劇』を演じたのは何時ですか?」

 「正式に舞台で公演したのは今年のことですが、子供の頃からすでに学び始めました。関羽はとても凛々しくて勢いがある名将であり、ある程度の見聞がなければ、演じることが上手くできないので、こういう演目を演じることはいつも恐れをなします。が、役者として僕は挑戦しなければいけないと思って、25年にわたってやっと関羽に変身して舞台に立ちました。」

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