【シリーズ企画】通訳者への道~Part1
外国語が話せても通訳は務まらない
~通訳エージェント経営者・万红さん
7月30日、日本語中国語通訳を目指す学習者向けの公開セミナー、「通訳者への道~日中通訳者が語る通訳事情」が北京で行なわれました。「日中通訳」に特化した初めての公開セミナーとも言われています。主催は通訳エージェントの「北京大来」社。
開催の告知から一週間もしないうちに、応募の定員を大きく上回りました。「会場は定員があるので やむを得ず入場をお断した方もたくさんいました」
スタッフは残念そうな表情を隠せませんでした。より多くの日本語学習者や日中通訳を目指す方たちに今回の内容を分かち合ってもらうため、セミナーの内容を3回シリーズで掲載します。
一回目は、通訳エージェントの視点から万紅さん(「北京大来」代表)の話です。バイリンガルなら自然と通訳ができるものではない。プロの通訳になるには、しかるべきトレーニングが必要だと訴えている万紅さん。中国の通訳市場の直面している課題とその向かうべき方向を聞きました。
■恵まれた通訳時代の到来
――まず、中国における日本語中国語通訳の将来性をどう見ていますか。
伸び続けていく方向にあると思います。正確な市場予測はなかなか難しいですが、間接的なデータを通して推測することは可能かと思います。
1978年の改革開放で、中国は国際社会に急速に溶け込んできました。貿易額の増加と同様、諸外国との交流も急速に増えました。しかも、これは、今後も増えていく傾向にあります。このことは、通訳市場の活性化にチャンスを与えてくれました。
中日間に限って言いますと、ここ20年、両国間の貿易はアジア通貨危機やリーマンショックの影響を受けた個別な年を除き、年々伸び続けています。2010年、日本経済は全面的に回復する兆しを見せており、対中貿易の伸び率は30.0%に達し、対中輸出額も新記録を作りました。
さらに、安部首相以降、両国の政治関係が好転するにつれ、トップレベルの対話から文化、安全保障、人的交流など様々な面で関係が深まりつつあります。かつての「政冷経熱」及びリーマンショック直後の懸念が打ち消され、両国関係はいよいよ本格的な発展の段階に入っていきます。
中国語日本語通訳市場はそういう意味で、かつてない恵まれた局面にあると言えます。プロの通訳者を目指すなら、今のような歴史的なチャンスを逃してはいけないように思います。
■プロの通訳の条件
――そもそも、通訳の仕事をどのようにとらえていますか。
通訳はアートです。決して、一つの言語を他の言語に置き換えるという単純で、機械的な仕事ではありません。語学のみならず、ビジネスマナーや異文化理解においても、非常に高い素養が求められています。
また、通訳という仕事は、常に好奇心を持って、勉強に臨み続けなければならない職業だと思います。通訳にはゴールがありません。それだけ、魅力に満ちた仕事でもあります。
一方、通訳できる期間は限られており、「いつ通訳できなくなる日が来るか、分からない」という意識を常に抱いて仕事に臨む必要があると思います。
ゴールがない代わりに期限がある。だから、「今やれることは必ずやろう!」といつも自分に言い聞かせて日々頑張る必要があるのではと思います。
――では、万さんの考えるプロの通訳の必要条件とは?
中国では、いわゆる「プロの通訳」の認定制度はまだ模索段階にあり、「これがプロだ」という公式の基準があるわけではありません。しかし、それでも、大枠で必要だと認められているものがあると思います。
例えば、ハード面では、しっかりとした二ヶ国語の語学力、幅広い知識、専門的な職業訓練などを挙げることができます。対して、ソフト面では、高度なプロ意識、衰えない学習力とロジカル分析力、さらにタフな心構えですね。
――語学力と言えば、バイリンガルの環境で育った人は苦労もせずに、通訳できるということでしょうか。
そこが誤解されやすいところだと思います。二ヶ国語を自由に使いこなせる人とプロの通訳とは、やはり違いがあるように思います。
通訳の作業とは、源の言語をターゲットの言語に写し返えるプロセスです。こうした「写し返え」は外国語の学習過程では、普通に行なわれています。しかしバイリンガルの環境に身を置くと、必ずしも「写し返え」が十分に行なわれているとは言えません。もちろん、訓練によって後から補うことは可能なのですが…
ただ、こうした作業ができるには、何よりも、確かな母国語力が必要なのです。しっかりとした母国語力があってこそ、外国語をマスターする意義があります。外国語の学習のみをして、母国語の向上を怠った人は、いずれ、自らのレベル向上を制限したのは外国語力ではなく、母国語の力なのだと気づくはずだと思います。
――では、ソフトの面において、とくに気をつけてほしいことは?
通訳は言葉の架け橋です。そのため、自らのあり方を正しく位置づける必要があります。
余計な言動、もしくは適切でない行動をして目立ってしまったら、交流の妨げになってしまいます。こう言ったことは、気をつける必要があります。その一方、通訳は機械ではありません。相手の習慣やマナー、ひいてはその気持ちを尊重して、それに気配りをしていくことも大切です。また、クライアントと円滑な人間関係を築くことも心がける必要があります。
また、知的好奇心を持ち続けて、学習をし続けること。それだけでなく、ロジカルに物事を考えたり、分析する能力も求められています。何故ならば、字面だけでなく、通訳内容をロジカルに理解できてこそ、初めて正確に、分かりやすく通訳できるからです。ロジカルな思考、これこそ機械やコンピューターではなく、人間が通訳するメリットでもあるのです。
もう一つは気持ちのタフさも大事ですね。通訳現場に行って、大勢を前にしても緊張せずに、ありのままの実力が発揮できる心構えも必要です。
■目指せ、トリプルウィンの状態
――ところで、今、中国の日本語通訳界の課題はどんなことですか?
まず、通訳エージェントとして実感しているのは、優秀な通訳者が不足していることで、ビジネスの発展に支障を来たしていることです。
今、中国の通訳養成は主として、大学、会社形態の研修機関、そして、企業の内部研修で行なわれています。その数は増えつつあり、形も多様になってきていますが、まだまだスタートしたばかりの段階にあると思います。
日本を引き合いに出せば、通訳業の発展は比較的成熟しており、実力に応じ、明確な通訳者ランク分けの制度があり、しかるべき研修も行われています。それに比べて、中国では、通訳者にせよ、エージェントにせよ、ランク分けの制度はまだありません。そのため、目下、通訳者のレベルもまちまちな上、市場も玉石混合の状態が続いています。
また、外国語専攻のある中国の大学は、語学力の訓練にのみ力を入れており、マナーや人間としての素養の教育を愚かにする傾向があります。
大学で語学専攻していて、卒業すれば、即、通訳になると思われがちですが、通訳は言葉が話せても、すぐに務まるものではありません。
――そのために、「北京大来」は2006年から通訳養成講座を開設したのですか。
そうですね。それからもう一つ。通訳は、比較的個人色が強い仕事なので、語学力にせよ、ビジネスマナーにせよ、一旦通訳者になってから、そのスキルの向上は個人の経験の蓄積にかかっています。
優秀な通訳になるまでに、何年も実践の積み重ねが必要ですが、業界内の交流はめったに行われていません。そのため、せっかく貴重な経験をお持ちの方でも、分かち合うことができないケースもあります。
以上のようなことから、通訳エージェントとして、優良な通訳サービスの提供のみならず、通訳業が一層、健全に成長していくことの必要性を痛感して、2006年から通訳養成講座を開設しました。その延長線に、今回の無料公開通訳講座があります。
――通訳エージェントとして、今後、特に気を配りたいことは?
それは何よりも、通訳者、クライアント、エージェントの三者がお互いを理解して「トリプル・ウィン」の関係を築くことだと思っています。健全な通訳市場の養成、高いレベルの通訳サービスを提供するには、この三者の相互理解が不可欠です。
そのため、クライアントには通訳の仕事の基本を理解していただき、なるべく通訳しやすい環境作りをしていただきたいと思います。また、通訳者にもクライアントの気持ちを正しく理解し、意思疎通を図ることが大切です。更にエージェントは単なる手数料を搾取するブローカーという理解ではなく、人的資源の効果的な利用、市場価格の安定化、通訳者の権益を維持すると言う役割を見直していただければと思っています。もちろん、エージェントとしては、クライアントにより良いサービスを提供するよう尽力すると同時に、通訳者のスキルアップのお手伝いもできるよう努力していく必要があります。金儲けしか考えていないエージェントは、いずれ、淘汰されるに違いありません。
クライアント、通訳者、エージェントの三者が相互に理解できてこそ、相乗効果を発揮し、通訳業全体が良いサークルで回っていけると思っています。
――今後、通訳業の向かう方向は?
一層プロフェショナルで、秩序立つ方向に向かって発展できるよう願っています。これには、例えば、通訳者の資格認定制度の整備、詳細な料金基準の作成なども含まれています。
私達の切なる努力を通して、通訳サービスに接したことのないクライアントでも、通訳業をより深く理解していただきたいと思います。それと同時に、通訳者をめざす、より多くの方に実力を鍛え、成長できるチャンスを見つけ出せたらと思っています。
期待をこめて、今後、中国の通訳業が向かうべき方向は以下の四つがあると見ています。
まずは、一層円滑な通訳ができるよう、クライアント、通訳者、エージェントの相互理解を更に深める。 次に、業界内の交流促進に向け、全国的通訳協会の組織化。
三つ目、通訳研修における政府系、企業系と大学間の協力が深まり、通訳者になるハードルを上げ、市場環境のさらなる規範化を目指すこと。
四つ目、ハイレベルな通訳者の仕事チャンスの確保、通訳環境の改善とその社会的地位の向上。
――最後に、今回のセミナーの感想は?
受講生の真剣さと熱気が伝わり、セミナー開催の意義を確信することができました。通訳業界の交流促進につながるこうしたイベントは、できれば、これから毎年行なっていきたいですね。
(聞き手&整理:王小燕 写真:徐国雄)
【プロフィール】 万紅さん
北京外国語学院卒業。幼少の頃、近くに住む「日本人阿姨」との交流を通して、「日本語でおばさんと話してみたい」という思いから日本語の学習を始める。大学卒業時には日本語を活用する仕事に就くことを決め、独立行政法人国際協力機構(JICA)中国事務所に就職。現在は北京大来創傑諮詢有限公司総経理。主な通訳歴:四川大地震国際緊急援助隊医療チーム随行通訳、JICA緒方理事長訪中時の同行通訳など。
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