1995~96年、北京大学留学中、日本学術振興会のプロジェクトで新疆を視察して以来、経済の視点から中国の民族問題の研究を続ける。
これまで新疆ウィグル自治区、寧夏ホイ族自治区、延辺朝鮮族自治州、チベット自治区など、中国の各少数民族の居住地を歴訪。また、ウィグル族の学生を継続的にゼミ生に受け入れている。主な著書に『 チベット問題とは何か―"現場"からの中国少数民族問題』など多数。
経済の視点から見た中国の少数民族問題や、日本の対中メディア報道、存在感が高まりつつある中国と日本人の心理的変化など、3月下旬、北京出張中の大西教授にざっくばらんに話を聞きました。
■チベット問題の解決は民族企業家の育成から
中国経済の研究者として、チベット問題をどう注目していますか…
――チベット問題というのは、いかにして、チベット族の人々が平和に、不満なく暮らしていくかということです。その根源に宗教問題もありますが、基本的には経済問題だと思っています。
昨年3月のチベット騒動で、外国人も暴徒から暴力の対象にされました。これは現場にいた日本人観光客が実体験をまとめた手記からも分かりました。暴動のことを色々調べておく必要がありますが、チベット族自身の利益のためにも、暴動を起した人たちの責任を追及しなければならないと思います。ただ、その一方で、多くの人がそれに呼応していた事実にも直視する必要もあります。彼らは何に対して怒っているのか、実は、この「怒り」も経済にかかわる「現場」の現実にあります。
それを具体的に言いますと?
――チベット自治区は、つい最近まで漢族比率は比較的低かったので、日常的に漢族とチベット族が交わる場もなく、「現場」における摩擦はそう大きくありませんでした。
しかし、2006年、青海チベット鉄道の開通により、観光客が一気に流入し、漢族の定住人口も急速に増大しています。2007年、観光客の数が400万人を超え、これはチベット自治区総人口の2倍に迫るものでした。
そうなると、観光客を目当てとする産業が急発展しますが、例えば、ホテル業をうまく経営できるのは、漢族地区にコネクションを持ち、かつ、その経営に長けた漢族となります。チベット族の起業も、もちろん禁じてはいませんが、問題は市場経済化、観光業を事業化できる人材がチベット族に多数育っていないことです。
経済の発展でチベットの人たちの生活水準も確実に上がっていますが、市場経済の流れにすぐ乗れなかったチベット族と、内地から入って成功を収めた漢族との間で経済格差が発生しました。そこから様々な対立現象が起きたのではないかと見ています。
今は民間企業の時代で、経営者と被雇用者はもともと利益の異なる社会階層です。両者の間の利益の対立は、本来、全国で見られる労働問題でもありますが、働かされるのはチベット族、働かすのは漢族といった関係が成立すると、民族間の対立となって現れることとなります。
鉄道の開通や経済の発展がチベットの発展にマイナスの影響を及ぼしたというご指摘ですか。
――これは非常に悩ましいことです。私自身は、チベット族の人がゆっくり企業家に成長するのを待つような、スピードのコントロールがあったほうがよいように思います。
ただし、スピードを遅くするというのは口で言うほどやさしいことではなく、実は難しい問題だという認識も必要です。
例えば、チベットに入る旅客の99%が高山病になることを考えると、しっかりとケアしてくれるホテルのほうが安心して客を送ることができます。漢族の進出を抑えるということは、そういうホテルの設立をも抑えてしまうことになります。だから、簡単にスピードを抑えようというのは実は無責任であって、ケアが悪くて観光客の誰かが死んでも仕方がないと思うぐらいの決意がなければ、スピードを遅くせよと言えないですね。それぐらいのシビアな選択の問題を含んでいるということを知ることが大事です。
中国政府はチベットの経済発展に、様々な優遇策や補助金を拠出してきましたが…
――個人支援の色彩が強い補助金政策は確かに即効性があります。生活のスタンダードをそろえるとか、あるいは所得を最低限保証してくれるとか。しかし、それがなければ、暮らしていけないような状態に置かれるというのは具合が悪いことで、彼らが自立するにはどうすればよいのか、それが一番大事な問題です。
新疆で調べた時、スーパー2000店舗を有している民族企業家がいることが分かりました。チベット地区でも時間がかかるだろうが、不可能ではないと思います。
私は、所得保障的な補助金制度よりも、企業家支援的な金融ファイナンスに重点を置いてほしいと思います。チベットの民族企業家の育成こそ大事だと見ています。
中国の少数民族問題の要は何だと見ていますか。
――漢族に負けない少数民族を作ることです。これこそ、ほんとに少数民族のためになることだと思います。私は直接的には、漢族に負けないウィグル族の学者を作るために、これは自信をもって言えることですが、一生懸命頑張っています。
それと同じことが色んな分野でなされなければならないと思います。しかし、我々がやっているのと無関係に、文句だけをつける人が出てくると、我々の努力がマイナスになります。中でも、メディアのあり方が気になっています。
■少数民族のためになるメディア報道を
昨春、長野五輪聖火リレーの翌日、NHKの「日曜討論」という番組に出演されたようですね。
――はい、当時は厳しい世論情況の中でした。番組は視聴者からの賛否両論を受け、その後、番組自身を論じるシンポジウムまで開催されました。
私が注目しているのは、商業マスコミの世論に迎合する問題です。広告料で番組運営をせざるをえない彼らにとって、視聴率が唯一の基準になります。大多数の人が聞きたいコメントや内容を言うことで、チャンネルは維持されています。
とりわけ、私が気にしているのは、コメンテーターの存在です。彼らはすべてのことについてコメントをしています。本当に良心あるコメンテーターならば、そんなことはできないことを知っているはずです。もちろん、視聴者のほうもコメンテーターの言ったことを鵜呑みにせず、この点を警戒する必要があると思います。
商業主義の下で、面白さへの追求と社会的責任の両立の可能性は?
――なかなか難しいでしょうね。しかし、電波は公共物なので、特定の周波数をどこかが使えば、ほかは使えなくなります。いくら民間の資金だけで運営しているとは言え、公共の電波を占領している以上、社会的責任を負います。
私は、少なくとも政治なり、経済なり、そういう重大な問題にかかわるものは、専門家でない者にコメントをさせてはならないように思います。我々学者は、永遠に責任が追求され、常に批判にさらされることを前提に発言していますが、テレビのコメンテーターは「そんなこと、お構いなし」ですね。そういうことがないような、情況を作らなければならないように思っています。
日本メディアの中国少数民族関連の報道をどう見ていますか?
――日本のメディアで、チベットに行ったこともなければ、チベット人と話をしたり、友達になったりすることもない人が、延々と話していることに違和感を覚えます。
私のゼミにはチベット人学生はまだいませんが、しかし、私にはチベットの友人はいくらでもいますし、ウィグル族の学生は常時、受け入れています。彼らのためになりたいと思って語るのと、そういう感覚が何もない下で語られていることとの違和感ですね。
この問題で一番大事なのは、少数民族の生活を良くし、彼らが不満のないよう生きるのにどうすべきかと言う問題ですが、日本を含む西側の報道について、多くの場合、民族問題をさらに悪化させることを正しく認識していないように思います。
昨年、日本内閣府が行った調査では、中国に対する好感度が史上最悪の結果が出ました。
――日本の嫌中ムードにはわけが色々ありますが、大きく言うと、日本人の差別意識だと思います。
中国が日本の上になっているという気分になったり、もうすでに追い越されたと思ったりしている人もいます。そういうところから、ある種のコンプレックスを感じています。職場の中で自分より後から来た人が上に行けば、気分が悪いのと同じような気分が日本国全体にありました。
日本が強い時には「中国を上から見ているような余裕」がありました。ところが、自分たちの自信の喪失の下では、狭隘なナショナリズムが全般を覆ってしまうような社会心理的な情況にあります。
日中友好協会の理事でもある大西さん、これから中国と日本はどのような関係を築いてほしいとお考えですか。
――私の両親は、戦争が終わった後、1954年まで中国に「抑留」していたため、私にとって、中国が他所の国だという気分にはなりません。日本だけでなく、中国も朝鮮半島も含めて、一つの世界を長い歴史の中で形成していったと思います。まだ自分がいきなり、世界のことを考えるような器の大きい人間ではないと思っていますが、東アジアのことを考えるぐらいの人間にはなれているつもりです。
そういうわけで、東アジアの一部分にチベットの問題があったり、ウィグル族の問題があったりします。もちろん、日本の問題もあったり、中国の問題もあるのですが…。これから、私たちは東アジアというエリアに生きる人間として、この地域の全体のことを考えていける人間になれるよう期待しています。
【プロフィール】
大西広(おおにし・ひろし)さん
日中友好経済懇話会顧問
日中友好協会常任理事
主な著書・編著:
『中国はいま何を考えているのかーナショナリズムの深層』
『中国特需』
『中国経済の数量分析』
『環太平洋諸国の興亡と相互依存』
『資本主義以前の「社会主義」と資本主義後の社会主義』
『チベット問題とは何か―"現場"からの中国少数民族問題』
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