なぜいま『論語』か〜早稲田大学教授・渡邉義浩さんに聞く

2024-10-22 16:16:08  CRI

 

 日本では三国志研究の第一人者として知られる、早稲田大学の渡邉義浩教授(62歳)。コロナ期間中のオンライン授業のために書きためた講義ノートに基づく著書『論語 孔子の言葉はいかにつくられたか』(講談社選書メチエ、2021年)がこの秋、中国で翻訳出版されました。

 出版記念イベントで北京入りした渡邉教授は、記者のインタビューに対し、「私は『諸葛亮マニア』なんです」と笑って答えました。高校時代に三国志好きが高じて理系から文系に転向し、その後、中国古典研究の道へと進んだという渡邉教授。学者人生の中で最も忘れられない体験の一つは、発見されたばかりの古墳「曹操高陵」に日本人学者として初めて正式に入れたことだそうです。

 渡邉教授の研究室の公式サイトには、「三国志でも論語でもなんでもいい。中国に興味を持ち、何の偏見も持たずに中国を認識してくれる人が一人でも増えるといいなと思い、研究だけではなく、啓蒙書をかいたり、講演をしたりしています」と書かれています。そんな思いを凝縮した著書、翻訳書、論文など、これまでに100タイトルあまりを世に送り出してきました。今回の本で一番伝えたいメッセージは何か、それが中国で読まれることの意義をどう考えているのか、『三国志』と『論語』の研究がどうつながるのか、お話を伺いました。

――まずは『論語 孔子の言葉はいかにつくられたか』の中国での出版、おめでとうございます。

 ありがとうございます。中国は『論語』の故郷です。自分の本が中国で出版できることは名誉なことで、ありがたいことだと思っています。

――この本に寄せた思いをお聞かせ下さい。

 宗教も同じですが、学問においても、開祖の言葉は別にたくさんある必要はなく、それが積み重なって経典になっていくことを伝えたいと思っています。また、本に書いていることが全部正しいと盲信するのではなく、古典をどう生かすかは、読み手に左右されるのだということも伝えたいです。

――なぜ『論語』にフォーカスした本を出したのでしょうか。

 『論語』などの古典は、時代や個人によって受け取られ方が異なります。だからこそ、時代を超えた普遍性を持って読み継がれてきました。『論語』も、それを手にした一人ひとりの思い に基づいて読まれてきたのです。

 それでも、それぞれの時代で『論語』がどのように受容されてきたのか、あるいは、そもそも『論語』はどのように成立したのか、という『論語』の成立と解釈による受容の過程を把握することは必要だと考えます。

 鄭玄、何晏から朱子までの儒家、江戸の伊藤仁斎、荻生徂徠らがいかにして孔子の思想を追い求めたか。そうしたことを紹介したくてこの本を書きました。

――渡邉教授が『論語』の研究を続ける理由はなんですか。

 まず私は『論語』が好きです。そして一つは、高校の漢文の教科書づくりに参加しているため、『論語』をきちんと読んで理解しなければなりません。

 もう一つは、『論語』の古注(南宋・朱熹が「論語集注」において広めた新注に対して、それ以前の注釈書をいう)の中で、一番きちんと残っているのは、三国時代の何晏が著した『論語集解』です。おかげで、曹操にしても諸葛亮にしても『論語』を読んでいるのだなというのが判明したことも大きいです(笑)

――『論語』は古代からアジア各国でも読まれていますが、国ごとの読み方の特徴はありますか。

 日本は孔子との距離感があると思います。そして一番距離感が無いのは韓国だと思います。韓国では『論語』を信仰として読み、それを直接生活に結びつける意識が強くて、中国はその中間かなと思っています。もちろん、中国はたくさんの方がいるので、様々な読み方がされているのではと思います。

 一方、私の考えでは、日本では『論語と算盤』を唱えた実業家の渋澤栄一が読んでいた『論語』は、割合と後世に出来上がった部分だと思います。ですから、信仰としてではなく、資本主義に向き合った時に、どう選んでいくのかを考えながら読んでいたと思います。

――21世紀の今、『論語』を読むことの意義についてどう考えていますか?

 日本では自由とか民主主義とか、そういうヨーロッパ的な価値観が、私の小さい頃に信じられていました。しかし、今はそうした価値観が潰れてきて、さまよっている状況です。怪しげな新興宗教に入ってしまう人なども出ています。そういう意味では、日本人がずっと自分の考えの中心においていた『論語』をもう一度見直すというのは、大きな意義があると思います。

 私は、『論語』などの漢学が「日本の背骨」を作ってきたと思っています。日本文学というと、仮名文字の方をイメージする人が多いですが、あれはあくまで「仮名」であって、「真名(まな)」は漢文で書かれています。西洋的な価値を見失いつつある現在、『論語』はもう一度見直さなければいけないと思います。

また、日本人には日本人の『論語』の読み方がありますので、それを中国の方に読んでいただくと、文明間の参照になると私は思います。

(聞き手・構成:王小燕、校正:梅田謙)

【プロフィール】

渡邉 義浩(わたなべ よしひろ)さん

 1962年東京都生まれ。文学博士。早稲田大学常任理事・文学学術院教授。学校法人大隈記念早稲田佐賀学園理事長。
 専攻は「古典中国」学。

 著書に『後漢国家の支配と儒教』(雄山閣出版)、『三国政権の構造と「名士」』(汲古書院)、『論語 孔子の言葉はいかにつくられたか 』(講談社選書メチエ)、『三国志-演義から正史、そして史実へ』(中公新書)『三国志事典』(大修館書店)、『三国志演義事典』(大修館書店)など多数。

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