北京
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蛇口をひねれば、日本各地の150銘柄もの地酒が自由に飲める!これは第6回中国国際輸入博覧会の「Japan Mall」ブースの特典です。輸入博でジェトロ(日本貿易振興機構)が設けた日本の中堅・中小企業の展示を行う「ジャパンモール」。その一角では昨年に続いて今年も日本酒をPRしていますが、取り扱い銘柄数は昨年の3倍にまで増えたそうです。
第6回中国国際輸入博覧会JAPAN MALLの試飲コーナー
この試飲コーナーで、流暢な中国語と日本語で日本酒の説明を行うハッピ姿の女性と出会いました。北京生まれの劉柳さんです。劉さんは11年間の日本滞在で流暢な日本語力を磨いただけでなく、日本酒のソムリエである国際唎酒師(ききざけし)の資格まで取得した、日本酒文化に大変精通した中国人です。昨年、劉さんは日本人の仲間二人とともに、日本酒に特化したスタートアップ企業「Sake RD」を東京で共同創業しました。
なぜ日本酒を?なぜ上海で?今回は輸入博に初めて出展した若い経営者たちの「夢」へのストーリーをご紹介します。
来場者に説明する劉柳さん(右ハッピ姿)
今年の輸入博に出展した150銘柄のうちの30銘柄は、「Sake RD」社が出品した日本酒です。共同創業者で代表取締役の渡邉禄朗さんは「日本酒を知るには100回説明するよりも1回飲むこと。それに勝ることはない。輸入博では、普段接することができないような方たちがたくさん来くるで、まずは多くの人に飲んでもらおうと思った。その機会が持てたのは嬉しい」と、その思いを語りました。
初出展の手応えについて、劉さんは「客足はもちろん、評価と反響のいずれもが予想を上回った」と話し、「開幕後、Sake RDのECサイトはページビューが200%伸び、注文数も一気に通常の4倍に増えた」と満足げでした。
🔹「新しい日本酒カルチャーを作りたい」から始まった
コワーキングスペースのラウンジで取材を受ける風景
上海市長寧区は在上海日本総領事館があり、日本人ビジネスマンも数多く滞在するエリア。流線型のおしゃれなオフィスビルの19階に、Sake RDの上海現地法人のオフィスがあリます。コワーキングスペースとなっているフロアの一角にある約25平米のスペースで、Sake RDのデザイン、公式アカウントの運営のスタッフら計8人が働いています。ここにある特徴的なオブジェが、天井にも届きそうな二つの巨大冷蔵庫で、その中にはラベルやデザインが異なるお酒のボトルが、びっしりと並べられていました。
「日本酒の風味を保つには、コールドチェーンによる輸送が不可欠です。上海にはその条件をうまく満たしてくれる倉庫があります。今、全ての商品は上海市郊外の嘉定区の冷蔵倉庫に入れてあり、ここにあるのはほんの一部のサンプルです。日本料理店などから至急の注文が入った時には、バイク便で届けたりもしています」
劉さんは巨大冷蔵庫を指差し、慣れた手付きで、その日の夜の試飲会用にボトルを数本抜き出しました。
共同創業者の渡邉取締役は広告業界の出身。仕事の関係で2016年から日本酒に関するリサーチやヒアリングを続けているうちに、中国市場で流通する日本酒はほとんどが大手酒蔵の限られた銘柄だけで、日本酒全体の9割を占める中小の酒蔵の美味しい酒は、海外市場に出るチャンスにさえないという現状に気づきました。
一方、日本ではライフスタイルの変化、少子高齢化などを背景に、酒造会社の数が年々減っています。1977年から2016年までに572社も閉鎖しており、日本酒文化の伝承も危機に直面しています。
「新しい日本酒を開発して海外市場を開拓し、日本酒の価値を高め、消費を促すような新しい日本酒カルチャーを創りたい」。1人の中国人と2人の日本人が共有したその思いが、起業を決めた理由だったと渡邉さんは言います。
そして、「上海には日本人の方がたくさん住んでいて、日本のカルチャーを好きな中国人も多い。もとより文化混ざり合っている土地柄なので、日本酒を受け入れる人も多いのではないか」という思いが、拠点を上海に設けた理由だと続けました。
🔸中国人の「贈り物リスト」に入るような再定義
上海市内のデパートに並んだSake RD社の日本酒
渡邉さんたちが「中国市場の大きな可能性」を感じた大きな背景には、近年の中国での日本酒ビジネスブームがあります。
在上海日本総領事館の宮本宗周領事(国税庁派遣)は、日本酒ビジネス関係者から「酒博士」の愛称で呼ばれる日本酒鑑定士です。宮本さんによると、中国向けの酒類の輸出量は2015年以降から飛躍的に増え始め、今は、酒類の海外輸出全体の3割が中国向けの清酒やウイスキーとなっているそうです。また、2013頃から中国人の訪日観光客の急増とともに、中国では日本食レストランが増え始め、さらに日本酒ブームを後押ししました。そうした中で、日本酒関連ビジネスの業者は増え続け、現在、その数は上海周辺だけでも20社ほどに上るとされています。
日本酒鑑定士、在上海日本総領事館・宮本宗周領事が語る中国の日本酒最新事情
日本酒の中国での将来のビジョンについて、渡邉さんはベンチマークに使っているのはワイン文化でした。
「中国ではワインはライフスタイルにまで落とし込まれている。家にもあるし、中華料理屋でも普通に飲まれていて、中秋節の贈り物リストにまで入っている」と渡邉さんはワインへの羨望を隠しません。
「日本酒が、中国人の贈り物リストに入り、皆さんが当然のように選んでくれる」――これが、渡邉さんが描く当面の努力目標です。そのためには、「日本酒も中国人のライフスタイルや好みに合わせることが必要。中国でのお酒の進め方、楽しみ方に合わせて定義しなおすことが大事だ」と彼は「Sake RD」の社名のRD:Re-define(再定義)に込めた思いを明かしました。
🔸ペアリングイベントで消費者に接近
「次々に面白いチャレンジをし続けている、非常に心強い会社」
――これが酒博士・宮本さんの目に映ったSake RD社のイメージです。中でも、「ECビジネスの構成」が特に印象深かったと語り、「お酒を売るだけでなく、お酒のイベントのチケットを同じサイトで販売している。つまり、そのお酒が飲める“場”自体をお酒と並べて売っている。この点は非常にユニークだ」と評価しています。
2023年10月19日、広島の今田酒造と成都市内で行ったペアリングイベントの様子(写真提供:Sake DK)
Sake RDでは、お酒と相性の良い食材や料理を組み合わせる「ペアリングイベント」も開催しています。昨年7月に上海で現地法人を設立したばかりですが、すでに上海、北京、成都、杭州など、中国各地で有料のペアリングイベントを30回以上、無料の試飲会を100回以上も開催してきました。イベントでは、劉さんによる日本酒文化講座や日本酒造りの杜氏(とうじ)のゲスト参加もあったそうです。
ペアリングイベントは各回8人から20人で、参加費は398元から1600元。チケットの発売と同時に売り切れるケースもありました。「イベントの良し悪しは販売量に如実に出てきます。お陰様で、これまでに少しずつフォロワーが増えてきました」と劉さんは、まずまずの手応えを感じています。
このようなイベントを通じて、日本酒を中国人消費者に近づけ、味見をしてもらい、意見を聞き出す。そして、その声を醸造元にフィードバックし、新商品の開発に活かす。劉さんたちの取り組みは、日本の中小の酒蔵の新ビジネスの創出を促し、中国での日本酒の販路を開拓し、中国人消費者の日本酒への期待に応えるという一石三鳥の役割が期待されています。
🔸変わる日本酒 ワイングラスで楽しむ
王穎穎アナ(右)も参加した試飲会の様子、左から宮本領事、渡邉さん、劉柳さん
さまざまな企画を行うSake RDのアイデアの源泉の一つが、自社オフィスで不定期に開かれる小規模試飲会です。友人、お得意先、日本酒の愛好家や専門家などを招いて、日本酒の飲み比べをしながら歓談をするアットホームな集まりです。
Sake RD社のオフィスが入るコワーキングスペースには広いラウンジがあります。この日は、まもなく開幕する輸入博、そして、ほぼ同時期に上海で開催される酒類専門の見本市「ProWine Shanghai2023」での同時出展がテーマとなりました。
試飲会の開始時間は仕事が終わる夕方頃。劉さんがスマホでおつまみを注文すると、20分もしないうちに生ハムやサラダ、オリーブオイルを使った洋風のおかずなどが到着しました。取材陣が意表をつかれたのは、日本酒がお猪口ではなく、飲み口が斜めにカットされたおしゃれなワイングラスで提供されたことです。
「日本酒は変わり続けています。もはや昔の映画みたいに、年寄りの男性が大衆食堂でワイワイ飲むようなものではない。どんどんおしゃれになって、若者向けのお酒も増え続けています。そういった日本酒にまつわる文化、歴史、最新の動きを中国でどう伝えれば良いのか、毎日そんなことばかりを考えています」と劉さんはお酒を注ぎながら話を続けました。
🔸中国市場向け銘柄「と」に込めた思い
広島・今田酒造とともに開発した中国向け新銘柄の「と」
この日の目玉の日本酒は「と」。ひらがな一文字の名のお酒です。Sake RD社が広島の今田酒造とともに、四川料理に合うよう開発した新商品です。
飲んでみると、酸味が強めでスッキリした味わいでした。辛い味にあう日本酒を考えていた時、「辛い味には、甘みよりも酸味が合う」とアドバイスしてくれたのが、前述の宮本さん。実は宮本さんは、薬学が専門で、アミノ酸のメカニズムにも詳しかったのです。劉さんは、広島から来た杜氏と一緒に、本場の四川料理が味わえる成都に赴き、ペアリングイベントを開催し、手応えを確認してきたそうです。
四川料理に絞った理由は、「調査の結果、中国で一番好まれる味はどの都市でも辛い料理だったことがわかったから」だそうです。
「と」(中国語表記は「与」)という銘柄には、「食材や料理“と”お酒を、日本の中小酒蔵“と”中国人消費者を、そして、中国“と”日本をつなぐきっかけになってほしい」という願いが込められています。劉さんは「もうすぐ冬なので、熱燗にして飲むのも美味しいですよ」と勧めてくれました。
🔸「世界の食卓に当たり前に日本酒がある」を目指して
ワインをベンチマークにしている渡邉さんが、中国での日本酒販売には大きな壁があると感じたことがあります。それは、「日本酒は日本料理店で飲むもの」という考えが根強く残っていることです。Sake RD社がそこに風穴を開けるよう努力し続けてきました。
RIVIERA松鶴楼
まず取り組んだことは、さまざまなペアリングや掛け合わせを提案することでした。その結果、上海の高級スーパー・デパートではSake RDが提供するお酒を置く店が増えました。日本酒の楽しみ方を広げる斬新な提案も次々に始めています。その一例が、外灘(バンド)の絶景と上海・蘇州料理を堪能できる高級レストラン「RIVIERA松鶴楼」とのタイアップです。ここでは今が旬の上海ガニのシーズンに合わせ、上海ガニと日本酒のペアリングコースが始まったばかりです。劉さんは「日本酒は中華料理も合うというメッセージを打ち出せれば」と期待しています。
上海市内のスーパーの日本酒コーナー、Sake RD社出品の商品も
日本酒の中国向け販売やPRのほかに、中国人の劉さんにはもう一つの夢があります。それは、日本の消費者に向けた中国酒の提供や酒文化の紹介です。劉さんは、手元に届いたばかりの新商品を自信たっぷりに見せてくれました。
ラベルには、力強い毛筆で「日富一日」の文字。見た目は日本酒の一升瓶のようです。しかし、中に入っているのは、Sake RDが浙江省紹興の蔵元と提携した日本市場向けの紹興酒です。ラベルはオリジナルデザインで、贈答品としても使えるよう木箱に入れられています。今後は東京などの高級デパートを通して販売を行う予定だそうです。
日本で発売予定の紹興酒(銘柄は「若耶渓」)を手にする劉柳さん
「お酒を通じて、中国と日本をつなげること。日本酒も中国酒も身近なものにして、酒文化をもっと豊かにしていきたい。これが私の目標であり、一番のやりがいです」と劉さんは微笑みながらこう話しました。
酒博士の宮本さんによると、近年、日本では若者のお酒離れが進みつつあり、初めてお酒を飲む若者でも飲みやすいように、甘い日本酒が多くなる傾向があるそうです。劉さんたちは、「単に甘いだけではなく、おかずと一緒に楽しめて、もう少しアルコールが強めの日本酒も中国向けに作ってみたい。日本を旅行したときに飲んだお酒とは一味違う、驚きを与えられる日本酒を提供したい」と意気込んでいます。
「世界の食卓に当たり前に日本酒がある」
この大きなビジョンに向け、Sake RDの創業者たちは今日も上海を拠点に力強く働き続けています。
(取材:王小燕、王穎穎、王巍 記事:王小燕)
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