【観察眼】汚染水の海洋放出 論点をすり替えてはならない

2023-09-04 12:39:03  CRI

 日本では、野村哲郎農林水産大臣が記者会見で「汚染水」の用語を使ったことが波紋を呼んだ。中国メディアであるわれわれが同件に注目しているのは、関連する報道にあらわれた日本メディアの姿勢だ。一部の日本メディアは、「汚染水とは、中国が日本の処理水の海洋放出に反対して、日本と対抗するために使った言葉」と説明を追加することまでしている。また、9月3日放送のNHK「日曜討論」は、海洋放出に焦点を合わせたものの、論題を何と「“輸入停止”にどう対応? 今後の日中関係は」と設定した。日本政府と東電の決定が問題を引き起こした根源であるにもかかわらず、国内外で起きた一連の複雑な問題の論点を「日中関係」に見事にすり替えた。

 歴史社会学者の小熊英二氏は2日、朝日新聞公式サイトの関連記事のコメント欄に「ここ1カ月のメディアの『空気』の変化にいささか戸惑いを感じる」と驚きを禁じ得なかったことを表明する文章を投稿した。われわれも、日本メディアが日本政府と結託して、言葉のからくりを巧みに使いこなして問題をすり替え、イメージ操作をしている点に注目している。

 いまや日本メディアにすっかり定着した「処理水」という言葉を例に、検証してみよう。まず、福島第一原発の事故が起きた後のしばらくの間は、日本メディアの報道で「汚染水」も「処理水」も入り混じって使われていた時期があった。小熊氏は、報道での「処理水」という言葉の広まりは、2021年4月に日本政府が海洋放出の方針を決めてからだと指摘する。朝日新聞が公式サイトで2021年4月13日に配信した記事の「汚染水→処理水 NHK、海洋放出の英語表現差し替え」が、その転換点で発生した報道界の状況を伝えている。同記事によると、NHKは国際放送「NHKワールド JAPAN」の報道で、海洋放出される水をそれまで「radioactive water(放射能水)」と表現して汚染された水であることを明示していたが、誤解を与えかねないと指摘されたとして「treated water(処理された水)」に改めた。同件は衆議院総務委員会でも取り上げられ、NHKの前田晃伸会長は「正確に伝えるために、見出しやツイッターなどを含めて表現に留意したい」と答弁したという。

 しかし、「処理水」という言葉に含まれるカモフラージュの色彩が、多くの専門家により指摘されるようになった。元汚染水、処理された汚染水、処理済み汚染水……などの代案も挙げられた。その理由は簡単だ。二次処理はされているが、正常に稼働している原発から排出される廃水とは根本的に違うからだ。後者は核燃料棒に接触しておらず、格納容器の外側を流れるだけで、放射性物質はトリチウムに限定されており、濃度も比較的低い。それに対して、福島で放出される「水」はその源をたどれば、メルトダウンした炉心に触れた水に雨水や地下水が混ざりあってできたもの。日本環境省の発表によると、通常の原子力発電所の排水ではほとんど検出されない、セシウム137、ストロンチウム90などの放射性物質が含まれる。核種の種類は62にも達する。東電は独自に開発した多核種除去設備(ALPS)を使って、トリチウム以外の放射性物質をすべて取り除いているとして、希釈して放出すれば安全は確保できると主張している。しかし、明確な回答が見られない疑問点も多い。

・ALPSはトリチウム以外の61の核種を本当に除去しているのか。その性能や信ぴょう性、数十年間にわたる安定運転の保証はどうなのか?

・除去された核種はどのように保管され、安全をどのように確保しているのか。

・海水で薄めたとしても、総量が膨大である事実に変わりはない。一旦希釈された放射性物質が海流や食物連鎖を通して、再び蓄積するリスクはないのか。

 何よりも注視せねばならないのは、複雑な放射性物質が含まれる汚染水の大規模かつ長期間の海洋投棄であることだ。実態に近い「汚染水」という用語は、人を警戒させるニュアンスがある。安心感を与える「処理水」は、問題の深刻さを優しく包みこむオブラートのように思える。

 同じ視点からみれば、「ALPS」や「風評被害」も不思議なニュアンスのある用語だ。 タレントのラサール石井氏は連載コラムの「東憤西笑」に、多核種除去設備の英語での頭文字で構成されたALPSという命名に「うまく考えたもの」と嘆き、「ALPS処理水と言えば、『アルプスの天然水』のような浄化された響きがある」と単刀直入に切り込んだ。

 また、「風評被害」も効果的な援護射撃の役割を果たしている。あたかも原発事故がすでに終わったのに風評だけが続いており、「風評」に加担する人は非難されるべきだというニュアンスに聞こえる。

 ここまで来れば、はっきりと見えることがある。議論の土台はとっくに作られていたことだ。整理すれば、アルプスの天然水を想起するほどきれいな水なのに、意地悪な中国は、アンチ日本のために「汚染水」の語をわざわざ持ち出しているという考え方だ。そのような大前提が整った以上、日本の漁業が被る損失は中国の対抗姿勢が原因であり、だから日中関係の視点からの対応が必要になる――。NHK「日曜討論」をはじめとして、最近の日本メディアの特集は例外なく、日中関係の問題にすり替えて議論を展開している。

 しかし、本当にそれで良いのだろうか。人類史上初の、長い期間にわたるおびただしい量の放射性物質の海洋投棄が、地球環境や人間の生存に及ぼす影響という極めて重要な視点は、忘れ去られている。

 日本政府と東電にとって、不都合な真実はほかにもある。

 NHKによると、汚染水の発生は今も、毎日90トンずつ増え続けている。東電は、廃炉作業に向けて海洋放出は避けて通れないステップとしている。ただし、廃炉の基準は不明瞭だという指摘がある。880トンに及ぶ核燃料をどう取り出すか、まだ明確なロードマップがあるわけではない。とりわけ、メルトダウンした核燃料棒の取り出しは前例のないことで、あと50年かかっても完了は見込めないと指摘する専門家もいる。

 130万トン。これはあくまで現在にたまった汚染水の量に過ぎず、放出が終了までに後どのぐらい増え、総量はいくらに達するかは、誰も予想できない。そもそも、放出を終える時期が本当に来るかどうかも予想できない。

 海洋放出関連報道に使われる「処理水」「ALPS」「風評被害」などの用語は、結果として日本メディアが日本政府と連携して、これら用語の背後にある議論の前提まであらかじめお膳立てをして、広めて定着させた言葉だ。その広まる過程の中で、複雑で深刻な問題が単純化され、論点がすり替えられ、問題の本質に対する人々の目線を巧みにそらしているのだ。

 人類未曾有の出来事に対し、核心に迫る議論を長期にわたって行う努力が必要だ。そのためには、まずは言葉のからくりを見抜く必要がある。科学的な視点から議論すべき問題に、一日も早く科学の目線を導入し、そもそも終わりの見えない放射能汚染水の海洋投棄に、いち早く終止符を打たねばならない。(CMG日本語部論説員)

ラジオ番組
KANKAN特集