中国人の知り合いが、結婚3周年の記念に夫婦でオペラを見に行く、と言っていたのを聞いて、オペラ初心者ではあるが、中国の誇るオペラ劇場、国家大劇院の歌劇院へ行ってきた。
初めてこの大劇院へ来た時は、どこから入るのか分からず建物の美しさにみとれて、周りをぐるぐる回ってしまったが、今回はもう何回も来ているので、地下鉄からそのまま劇場の中へたどりついた。上述の夫婦ではないが、着飾った熟年・若年のカップルが多く、さすがTHEオペラだと思った。やはり、普通の劇場とは格が違うのだ。
オペラはおよそ400年前に誕生し、権力者の厚い庇護を受けて成長してきた。楽譜が残る最古のオペラは、大富豪メヂィチ家の姫とアンリ4世の結婚式で上演された「エウリディーチェ」だといわれている。以降、王侯貴族や大富豪がパトロンとなり、贅を尽くした歌劇場が建設されてきた。世間がどんな状況であっても、重厚な扉を開ければそこは別世界。1つのオペラを上演するためには500人以上の人たちが関わる。まさに、贅沢な芸術である。数百年の時を超え、音楽と演劇と美術が密接に融合した至高の芸術であり、極上のエンターテインメントといっていいだろう。そして、今回観劇した「リゴレット」はオペラの二大巨匠の1人、イタリアのヴェルディが作曲した全3幕からなるオペラだ。ヴェルディの中期三大傑作のひとつに数えられるこのオペラは、ヴィクトル・ユゴーの「逸楽の王」が原作になっている。当時のフランス王をモデルにした実話として物議を醸し、初演の翌日に上演禁止となった。ヴェルディがオペラ化するに当たっても、舞台をフランスからイタリアに移し、架空の貴族の話に変えて検閲をクリアした。このオペラは大成功し、ヴェルディ中期の傑作となり、ヴェルディは大作曲家の地位を得ることとなった。
ヴェルディは、この「リゴレット」という女性、誘拐、殺人と、かなり異色のドラマをオペラ化した。この台本の巧みな心理描写を音楽で再現できると感じたのであろうか。主役陣もソプラノ、メゾ・ソプラノ、テノール、バリトン、バスがバランスよく配置されており、効果的な音楽づくりとなっている。特に四重唱「美しい恋の乙女よ」は、オペラ史上、最高の四重唱と言われている。
「リゴレット」には「悪魔め、鬼め」や、ジルダのアリア(アリア:もともとは歌という意味で、登場人物の感情が高まったときに心情を吐露する場面で歌う。かつては技巧を誇示する要素もあった。オペラの聴かせどころ。)「慕わしい人の名は」など有名なアリアがある。マントヴァ公爵の歌うアリア「女心の歌」は有名で、このメロディーが初演前に流行ることを恐れた作曲者ヴェルディは、リハーサルまでこの曲の楽譜を歌手に渡さなかったというエピソードも残っている。三大テノールのパヴァッロティが歌う「女心の歌」は必見である。バリトンというと悪役や脇役が多い音域であるが、「リゴレット」はバリトンが主役という珍しいオペラで、ヴェルディのオペラで主役を十分果たせるバリトンをヴェルディ・バリトンと言い、バリトン歌手にとってひとつのステイタスであり、名誉にもなっている。このリゴレットはバリトンの存在意義を世に知らしめた作品といっても過言ではないだろう。しかし、同時に人を惹きつけるだけの魅力や実力を持っていないと演ずることの出来ない作品だとも言える。
過去に東京の新国立劇場で友人に連れて行ってもらったオペラは有名な作品であったが、舞台美術が斬新で演出家の現代的な試みが印象的であった。今回はイタリアのパルマ王立歌劇院と中国国家大劇院の共同制作ということで、舞台美術・衣装などは中国で制作されたそうだ。舞台美術はすばらしく、舞台転換も隙がなく魅せられた。もちろん主役たちも素晴らしく、1幕ごとに舞台前に出てきて観客に感謝の気持ちを伝えていた。それだけ、中国公演にかけていたことが伝わってきた。そして、観客も最大限に呼応し大拍手で幕は閉じた。
もちろん、上述の夫婦は大満足で、翌日も感激さめやらぬ様子でまた行きたい!と言っていた。たまには、とっておきの記念に、着飾って劇場に足を運ぶのもいいかもしれない。
(取材:畠沢優子)
【STORY・・・ものがたり】
16世紀、イタリアのマントヴァ。
道化師リゴレットは、毎日女性を追いかけ、享楽の限りを尽くしているマントヴァ公爵に仕えています。ある時、マントヴァ公爵に娘を陵辱されたモンテローネ伯爵をからかい、怒ったモンテローネ伯爵は「父親の苦悩を笑うお前は、呪われよ」と父親の呪いをリゴレットに浴びせます。
リゴレットは、その言葉に内心焦りを感じます。リゴレットの生き甲斐は、人目に触れさせずに育てている、美しく純情な一人娘のジルダでした。
リゴレットの娘ジルダは、教会でマントヴァ公爵と出会い、貧しい学生だと嘘をついてジルダに接近する公爵に世間知らずのジルダは、すっかり恋に落ちていました。
いつも人を嘲笑する役目の道化師リゴレットは、他の家臣たちから恨まれていました。家臣たちは、ジルダをリゴレットの囲いものだと勘違いして、日頃の腹いせに、ジルダを誘拐し、マントヴァ公爵に差し出します。事情を知らないマントヴァ公爵は、家来たちがジルダを館に連れてきたのを知って喜びます。
その後、娘がさらわれたことに気づいたリゴレットも、公爵の館にやって来ます。そこで父娘は再会。ジルダは父に、恋に落ちたのは事実だが、昨夜、不意にさらわれて恥ずかしい思いをしたと泣きながら説明します。
リゴレットの怒りは公爵へ向けられ、彼は殺意を抱きます。最愛の娘を陵辱されたリゴレットは、殺し屋スパフチーレを雇い、マントヴァ公爵を殺して復讐しようとします。
辱めを受けてもなお、公爵が好きだと言うジルダに、父リゴレットは、マントヴァ公爵が、他の女性(殺し屋スパラフチーレの妹マッダレーナ)を口説いている現場を見せます。絶望するジルダ…。しかし、公爵が他の女性にまで手を出している現場を見ても、恋におちたジルダの気持ちは募るばかり。
マッダレーナとスパラフチーレの公爵殺しの話を立ち聞きしたジルダは、公爵の身代わりになって死ぬ覚悟を決めます。
真夜中、報酬と引き換えに、死体の入った袋を受け取ったリゴレットは、遠くから聞こえる公爵の歌声を耳にして、慌てて袋の中を確かめます。するとそこには、憎い公爵ではなく、瀕死の愛娘ジルダのが…!ジルダは死の間際に先立つ親不孝を詫びながら息をひきとります。
呪いが現実となりリゴレットは、彼は崩れ落ちたのでした。
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