繁星戯劇村―地下鉄宣武門の近くにできた、北京の新しい芸術空間。今回、初めてその場所を訪ねた。フートンののんびりとした佇まいと、戯劇彫刻や演劇ポスターが配置された廊下など、中と洋の要素がミックスされた落ち着いた空間になっている。 戯劇村の中には、5つの小劇場と、小さな美術館や図書館、カフェやバーなどのレストランがある。北京の劇場の多くは、特に小劇場は北京の東側に偏っていたが、この劇場の誕生で西側にすむ住人にも、より演劇を身近に楽しんでもらえる機会が増えたわけである。
この劇場を運営するほとんどのスタッフが芝居好きな大学生やボランティアだそうだ。ここで上演される演目の3分の2が劇場による制作で、若い演劇人に、制作と創作にかかる場所と資金を提供し、チケットも手頃な価格に設定されている。小さな空間で実験的な作品を次から次に上演している。
私が今回観劇したのは、日本人なら聞いたことはあろう、あの黒澤明監督の「羅生門」を脚色した、小劇場版「羅生門」である。私も、ある学院の研究生時代、中国の学生が実験的にある部分だけ演じるから、ちょっと参考までにと色々聞かれたことがある。あわてて、黒沢版「羅生門」のDVDをみて研究したものだ。どこに中国の学生たちが惹かれ、何を演じようとしたのか・・・残念ながら、その時は時間が合わず、発表を見られなかったので、今回はぜひ!と中国芸術研究院版の「羅生門」を見に行った。
小劇場版「羅生門」は舞台を中国の古代に置き換え、芸達者な役者たちが、中国の京劇や昆劇の手法をふんだんに使い、何も無い舞台を町外れや、森や、裁判所にかえ大立ち回りを見せてくれる。中国の京劇や昆劇の芸術的要素を現代劇の中で生かし、舞台空間に広がりをもたせていく手法は、日本でも多くの芸術家が試みてきた。今回の舞台の役者たちは、本当に1人1人がすばらしい芸達者な方々なので、黒澤の「羅生門」を下地に、彼らの芸を堪能した、といった感じだ。
黒澤版「羅生門」は1950年に公開されたモノクロ映画の代表的作品で、原作は芥川龍之介の短編小説『藪の中』、同作者の短編小説『羅生門』からも題材を借りている。1951年ヴェネチア国際映画祭グランプリを受賞し、西洋に黒澤明や日本映画が紹介されるきっかけとなった。この受賞が当時、敗戦の痛手の中で何もかも自信を失っていた日本の国の人々に与えた影響と希望は計り知れないものがあったという。また、対立する複数の視点から、同じ出来事を全く違う風に回想し、真実がどうだったのか、観客を混乱させる手法はその後、アメリカや中国など多くの映画やフィクションに影響を与えている。
芥川の小説にないのは、下人に性格を与えたことで、ラストで赤子を登場させ、下人がその赤子の着物をはぎ取る。明らかに人の道を外れた行為をたきぎ売りと旅法師がなじる。その後、たきぎ売りが赤子を自分の家で育てることにする。このラストシーンで、人は人間に対する信頼を取り戻し、未来に対するかすかな希望を見出すのではないだろうか。このシーンを創作したことは、まさに希望の人、黒澤明の成果であろう。
そして、今回の中国芸術研究院研究生院、「羅生門」も役者たちの達者な芸で観客をひきつけ、笑わせ、最後は希望の結末で幕を引く。
あなたも、繁星戯劇村へ若い才能を発見しにぜひいってほしい!(取材:畠沢)
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