これに汪おばさん、今さっきは怒っていたから言っただけで、本当に弁償させる気などはなかったのだが、船頭のじいさんがこう言ったので、悔しさのあまり涙が出てきた。
「わかったよ。今は弁償しなくともいいよ。私はね。息子に言いつけるから」
これに船頭のじいさんは笑い出した。
「へへ!!おう、お客さんたちよ。このおばさんの義理の息子は店で働いているんだとよ」
これに舟のほかの客も笑い出した。船頭のじいさんはいう。
「おばさんよ。その店の主が来てもわしは弁償なんかしないよ」
「何が店だよ。私の義理の息子は今の皇帝だよ」
これに船頭だけでなく、他の客までが大きな声で笑い出す。
こうして舟は向かい岸についた。船頭のじいさんは岸に飛び上がり、舟の縄を岸辺の杭に縛りつけると、根っこは優しいのか、汪おばさんの手をとって岸に上がらせた。これに汪おばさんも気を取り直したのか、「船頭さんよ。船賃は私はちゃんと払うからね。さ、ほしいだけとりなさいよ」と有り金全部出した。これに船頭のじいさん「冗談じゃない。わしが言い過ぎたよ」と笑って、銭二枚だけをとり、気をつけてなと言い残し舟に乗っていった。
さて、鵞鳥の数本の羽だけを懐にしまい、空の徳利を手にした汪おばさんが、気を重くして都の応天府に入り、皇帝の住むお城はどこかと聞きながら歩いていたが、聞かれた人たちは、この田舎ばあさんが皇帝のことを義理の息子だと言うので、頭がおかしいのかと誰も相手にしない。こうしてやっとのことでお城に着き、自分は皇帝の義理の母だと門番に言うと、門番は上司から聞かさせていたのか、あわてて汪おばさんを慇懃に城門内に入れ、しばらく待ってくれといってこのことを知らせに行った。
「うへ?お城は大きいね。重八はここに住んでるんかい?すごいねえ」と汪おばさんが周りを見ていると、命の恩人であり義理の母である汪ばあさんが一人で自分を訪ねに来たと聞いた朱元璋が、笑顔でこちらにやってきたではないか。長い年月が経っているとはいえ、一目見ればそれが、かつて自分が世話した重八だと汪おばさんにはわかる。しかし、立派な身なりしているのでどうも声をかけにくい。そこでニコニコ顔で黙って立っていると朱元璋が「かあさん、元気かい!」と大声で呼んだ。これに汪おばさんは急に嬉し涙が出てきて「重八かい!背も伸びて太ったし立派になったねえ」と答えた。
朱元璋はこの義理の母をしげしげと眺め、「かあさん、歳をとったね。でも元気そうで何よりだ。さ、中へ行こう、話しはそれからだ。疲れただろう。この籠に乗りなさい」と用意させた籠に汪ばあさんを乗せ、自分は歩いて籠についていく。やがて大きな部屋に汪おばさんを案内した朱元璋は、この義理の母が懐から出した鵞鳥の羽と空の徳利を見て驚く。そこで汪おばさんはすまなそうに言う。
「重八や。私はもう老いぼれて使い物にならんね」と土産の鵞鳥と酒をなくしたことのいきさつを細かく話した。これに朱元璋ははじめはニコニコしていたが、そのうちに涙流し始めた。
「かあさんよ。ありがとう。親不孝者の私に土産なんて・・・もったいない。この鵞鳥の羽は喜んでもらっとくよ。うん、徳利の中からいい香りがする。かあさん、鵞鳥の羽は軽いけど、かあさんの息子を思う気持ちは私にとっては何物より大切だ。かあさん、ありがとう。礼を言うよ。このとおりだ」
朱元璋は言い終わると、同じく涙流している汪おばさんに深々とお辞儀をしたワイ。
そろそろ時間です。来週またお会いいたしましょう。
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