――学生時代デキの悪かった人が教師になってもいいの?
この言葉は、今から2000年前に、中国の戦国時代の思想家、荀子(じゅんし)が学問の重要性を説明するために使った言葉です。青色の染料は藍(あい)という草から作られますが、その色は藍という草の色よりもさらに青い。つまり、もとになった物よりも、それからできた物の方が優れている。学問も積み重ねによって、さらに発展するということを表します。
そのほかにも、中国ではこれと似たような意味を表す言葉が多くあります。
"教学相長"「教学あいちょうず」。人に教えることと、人から学ぶことは、互いに作用しあうという意味です。
また、唐の時代の有名な文学者・思想家、韓愈(かんゆ)がこんな話を語ったことがあります。"弟子不必不如師,師不必賢于弟子。"「弟子が師に及ばないとは限らないし、師が弟子よりもすぐれているとは限らない。」
中国では、南北朝時代の北朝に李謐という人物がいました。李謐は初め孔潘に就いて学んでいました。孔潘は大きな学問を持つすばらしい人で、自分の知識を惜しみなく、全部弟子に教えていました。そして、この弟子である李謐は頭がすごくよく、一生懸命勉強していたので、その進歩はめざましかったです。知識をいっぱい蓄えました。数年の後、孔潘は李謐の方が自分より学問が進んでいると感じ、自分が疑問に思っていることなどを、よく李謐に尋ねるようになり、最後に自ら進んで李謐の弟子になりました。
このような話は現代でもありそうですね。変化のスピードが速いですので、昔の知識が役に立たない場合もあります。新しいものもどんどん入ってきますから、先生とはいっても、例えば、パソコンなどのIT系のことは学生の方が詳しいこともよくあります。
先生は決して完璧な人間ではなく、いつか超えられる存在なんです!先生が教えられるのは、学問や技術、知識だけではなく、自分の人生経験や、人との付き合い方など、色々あります。むしろ完璧な人間でない方が学生に接しやすいし、いいかもしれません。
あなたは、いい先生に恵まれ待ていましたか?
先生を超えて「出藍の誉れ」になれましたか?
学生が先生から学び、先生も学生から学び、どんどん自分の教養を高めていく。そういった"教学相長ず"「お互いに学びあい、成長していこうとする気持ち、姿勢」が必要なんですね。
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