時は明の英宗帝、つまり朱祁鎮が皇位から引きずりおろされたとき。そうじゃな、いまから550年以上も前のことじゃ。ま、そんなところかな。
当時は皇室内のごちゃごちゃで、皇位を去った朱祁鎮は、釈放されたあとは奥の宮殿に閉じ込められてしまい、なんとうまいものも食わしてくれなんだと。
と、ある日、朱祁鎮は酒がたまらなく飲みたくなった。
「うえー!酒が飲みたいなあ。食い物はこれまでのお粗末なものでいいから、酒でも飲ましてくれよなあ。俺は元は皇帝ぞ!こん畜生!何だと思っていやがるんだよ!なめやがって!おう!おい!そこのもの、わしに酒を持ってまいれ。もう何ヶ月も飲んでおらんぞ!酒を持て!」と叫んだが、朱祁鎮の監視に当たっていた宮中の諸事をつかさどる光禄寺の役人たちは誰も相手にせん。
「何じゃ?おのれら聞こえんのか、このわしの頼みを!けしからん」とぶりぶり怒る朱祁鎮。
ところが、一人の張沢という小者がいて、張沢は朱祁鎮のことは余り悪く思っていなかった。
「祁鎮さまは、かの歴史上の暗君だった晋の懐帝や愍(びん)帝、宋の微宗帝や欽宗帝みたいには悪くはないぞ。そうだ。祁鎮さまは、いつかは皇帝に返り咲きするお方かもしれん。いまからあんまりひどく当たると将来、あの方がまた皇帝になったら自分は損するに決まっている」と考え、役人たちに黙って、うまい酒をこっそり朱祁鎮に渡した。
「おお!お前はよき奴じゃのう。うん、うまい。酒は久しぶりじゃが、この酒は特上じゃのう。で、その方、何という名じゃ?うん?張沢とな?張沢か。覚えておこう」と朱祁鎮は大喜びだったそうな。
さてさて、のちにこの朱祁鎮は皇位復帰に努め、皇位を去ってから8年目の1557年に何と皇帝に返り咲いたわい。そしてある日、かの自分にうまい酒をこっそりくれた小者の張沢を思い出し、「かの光禄寺の役人どもはけしからん!!かの者どもはすべて罪人とする!」という御触れをだし、小者であった張沢をそこの最高責任者に任命したとさ!
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