遼寧省撫順市裁判所の法廷で車椅子に座って弁護しているのは、李琳さんです。痩せているし、顔に傷口があります。そして、指のない手で資料を調べながら、弁護しています。
李さんは、生まれつきの難病でした。皮膚がほとんどなく、汗をかくことができません。そして、ちょっとぶつかっただけで感染症になってしまいます。
このため、学齢に達した8歳の時に、入学したくても学校に断られ、3年目にやっと入れたのです。しかし、念願はかないましたが、一日8時間座ることは、李さんにとって危ないことでした。「学校に通う時は、出血のため衣服が体にくっついてしまっていました。痛くて、つらかったです。でも、学習することが楽しくて、つらさも忘れるほどでした。学校に行くことは最高だと思っていたからです」と、李さんは話しています。
このときの李さんの暮らしは、包帯をはずし、血を拭き、薬を塗り、そして包帯をつけることでした。一日2回、一回が3時間もかかっていました。特に、高校三年の時が最も厳しかったです。毎日3時間しか寝られず、痛さを忘れるほど眠くなるときもよくありました。高校の担任の先生は、李さんの様子を心配して、卒業できないかと心配していました。「李さんは大変でした。指がないし、両手でノートを挟んで、ノートを取るしかなかったのです。ほかのクラスメートより努力が必要でした。ひどい状態の時も、授業を受け続けていました。よく頑張りました」と語りました。
李さんは強い精神力で高校を卒業し、大学の法律学部に合格しました。さらに、1999年に卒業してから、弁護士資格試験に挑戦しました。500人あまりの受験生のうち、27人しか合格ができず、李さんはそのうちの一人でした。李さんは、撫順市の初の身体障害者弁護士になったのです。
当事者に事情を聞くために、悪天候の中で待たれたり、田舎の道路が整備されなくて、車が入れず同僚に支えられながら歩いたりしたこともありました。
献身的な李さんの物語は、口コミで撫順市で広く知られるようになり、受理案件が年に百件ぐらいに上っています。
李さんの頑張りぶりやまじめさに多くの人が感動しています。当事者だった範立宏さんは、「李さんは仕事がよく出来、感心しています。彼の奮闘振りを、子供の教育に生かしたいです」と述べました。
2007年、李さんは脚の皮膚がんにかかったと告知されましたが、事務所を訪れるお客さんに熱心に対応しています。李さんは、「事務所を軌道に乗せ、より多くの人にサービスを提供したいです。自分の楽観的な精神を回りに伝え、より多くの人に暮らしを楽しんでもらいたいです」と、今後の抱負を語りました。
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