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6月9日 火曜日

2015-06-09 19:22:41     cri    

1時間目 厳安生教授に旭日中綬章、北京日本語教師会杯日本語朗読大会など

担当:王小燕、白昊、高橋恵子

 6月8日、北京外国語大学の厳安生教授(77歳)への叙勲伝達式が、北京の日本大使公邸で行われました。日本国政府による2015年春の叙勲で、厳教授は中国における日本研究の発展、日本語教育の普及の功績が認められ、旭日中綬章が授与されました。

 
叙勲後、大使からの花束を受け取る厳安生教授(左)

 中国では毎年6月7~8日に、年に一度の大学統一入学試験が行われます。今年は942万人の受験生に対して、大学の定員は700万人に上り、合格率が74.3%に達しています。

 「旬な話題」では以上2つのトピックスを紹介します。

 
(左)来賓の山本恭司公使と1位の瀋頴さん、郭可純さん、徐乙談さん(右)参加者全員で記念撮影

 「スペシャル・バスケット」では、5月24日に開催された「第31回北京日本語教師会杯日本語朗読大会」を取材しましたのでこの話題をお届けします。主催は北京日本語教師会。北京の大学からの学生21チームは、それぞれユニークで素敵な朗読を披露しました。一位と関係者のインタビューをお届けします。

2時間目 中国語同時通訳者・神崎多實子さん(上)~中国語との出会い

 1955年から、中国語通訳として両国の民間交流に携わってきた神崎多實子さん。通訳暦60年で、現在もNHK BSの放送通訳としてバリバリの現役。通訳現場のみならず、精力的に後進の育成にも力を注いでいます。

 この同時通訳のベテラン、神崎さんに、今週から3回に分けてゆっくりお話を伺ってまいます。

 1回目の今日は「中国語との出会い」をめぐって、長春で過ごした少女時代の思い出からお話を伺います。


東北師範大学付属中学時代の神崎さん(前列右)と担任の張先生(前中央)

 3歳で中国の土を踏んだとは言え、日本が植民地支配をしていた中国の東北部。当時は、中国人社会とは隔絶した日本人の世界でしか暮らしすことができませんでした。こんな多實子さんに中国人に接したり、中国語を覚えたりするきっかけが訪れたのは、日本の敗戦後。

 その後、父親の意思で、多實子さんは現地の中学校に進学。クラスは、同じ年の日本人女子生徒1人のほかは、全員が中国人でした。65年前のこの時に机を並べて勉強していたクラスメイトとは、その後もずっと連絡を保ち続けています。写真は、多實子さんの北京来訪をきっかけに、長春、武漢、昆明から北京へ集まってきたクラスメイトが、担任の張先生を囲んで同窓会を開いた時の様子です。


2015年5月、張先生宅での同窓会(左から4人目が先生で、その右隣が神崎さん)

 ちなみに、多實子さんと同じクラスの日本人女子生徒とは、のちに多くの中国人日本語学習者に愛用された教材、『やさしい日本語』を編纂した待場裕子さんのことです。

 60年にわたり、中国と切っても切れない深い縁を結んだ神崎多實子さん。彼女をひきつけて離さなかった理由は何か。目をきらきらと輝かせて思い出話に花を咲かせた神崎さん。ぜひお聞き逃しのないように。

 【プロフィール】

 神崎多實子(かんざき たみこ)さん

 1935年生まれ。幼年期に中国へ渡航、1953年日本に帰国。都立大学付属高校(現桜修館)卒業。北京人民画報社、銀行勤務などを経て、フリーの通訳者に。通訳暦50年余り。NHK BS通訳、サイマル・アカデミー講師。

 編著書:『中国語通訳トレーニング講座 逐次通訳から同時通訳まで』(東方書店、1997年)

     神崎勇夫遺稿集『夢のあと』(東方書店、2010年)

    『聴いて鍛える 中国語通訳実践講座 ニュースとスピーチで学ぶ』(東方書店、2014年)

                             

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