シリンゴルは総面積20万平方キロで、その最南端は北京まで200キロもありません。華北平野の北に位置しているこの広大な大草原の生態環境は、北京、天津の気候と自然環境にも大きな影響を与えます。
1999年から2001年の三年間、シリンゴルは深刻な旱魃に襲われ、それが原因で、虫による被害などその他の自然災害も同時に起き、草原の生態系が劣悪な状態になりました。危機に陥った大草原をどのようにして救い出そうとしたのでしょうか。
地元の取り組みをご紹介します。
今エレンホト市の街中で暮らしているサリーナさんは、今年48歳。元々は、一家5人で、シリンゴル地区北部にあるエレンホト市から35キロほど離れた大草原で放牧生活をしていました。1300ヘクタール余りの草原で羊や馬を飼っており、牧畜業が一家の唯一の収入源でした。
「子どもの頃の草は本当に良かった。膝まで届くほど背丈があり、家畜たちは牧草だけでおなかいっぱいになり、飼料をやる手間なんかは要らなかった。しかし、最近は草原が荒れて、草が大地を這うほどの背丈しかなく、生え具合もまばらになった。」
旦那さんには持病があるため、サリーナさんが一家の働き手です。4年前にサリーナさんは思い切った行動に踏み切りました。家畜を売りさばき、草原を同じ村の人に請け負ってもらい、旦那と3人の子どもをつれて、エレンホト市の街中に移住したのです。「代々続いた生活を、そう簡単にやめて良いものだろうか」、と周囲の反対が強かったということです。
しかし、サリーナさんの決意がかたったです。
「それはやむを得ないことだった。牧草が良くないので、放牧だけでは、家畜は満足に食べられなかった。そうなると飼料をやらざるを得ないが、コストがかさばり、採算がとれそうになかった。そのまま、草原に残っていても、一家を養うことは無理だった。」
都会に行けば、働き口も何とか見つかり、家族たちが生きていくほどの収入を得ることができるに違いない。その一念からの決断でした。
エレンホト市にあるサリーナさんの家をお邪魔しました。新築のレンガ造り6階建てアパートがずらりと並ぶ団地。2DK、70平米の家に旦那さんと息子さんの3人で暮らしています。お嫁に行った娘さんたちの写真も飾ってありました。
この住宅は、政府が草原の環境環境保護のため、放牧をやめ、都市部に移住した人たちのために、ただで提供したものです。
エレンホト市で生態環境保護のための移民プロジェクトに携わっている孟克主任は、 「放牧をやめ、都会に出て、仕事を探す牧畜民のために建て、無料で提供する住宅だ。五年間住み続け、都会に定住したならば、この家は個人の所有になる」と紹介してくれました。
サリーナさんは今、エレンホト市内のモンゴルの民族衣装を仕立てる工場で働いています。月給700元(約1万円)をもらっています。このほか、草原から移住して、放牧の負担を軽減したことで、政府からその面積に相当する補助金、毎月、1000元(1万5000円)をもらっています。
「毎月の水道代や光熱費は30ー50元。毎年の暖房費は1700元。生活には困っていない。」
サリーナさんの息子さんは20歳。現在、市の手配で、無料の職業訓練指導を受けて、これからタクシーの運転手を目指して頑張っています。サリーナさんは草原に家を残してあり、今もたまに戻ってみたりしていますが、今後は都会で生きていくことしか考えていません。
一方、エレンホト市では、生態環境保護のために、現在、スケールの大きい移民プロジェクトを進めている最中です。
孟克主任は、「エレンホト市には、放牧している牧畜民は全部で519世帯、1543人いる。このプロジェクトをスタートしてから、既にその中の180世帯が町に移住した。これからは3?5年の間に、これらの牧畜民をすべて、町に移住してもらい、放牧という従来の形の牧畜業の廃止を目指している」、と今後の目標を明かしました。
エレンホト市だけではなく、シリンゴル地区のほかの市でも、草原の過放牧を制限し、生態環境を復元するために、移民プロジェクトを進めています。
シリンゴルの中心の町・シリンホト市から車で30分の村・ハナロラガチャを訪れました。町にたいへん近いこともあり、この村は大規模に移民を進めているところでもあります。村長のチャオコバテルさんの話です。
「村の住民は元々124世帯、438人いた。ここ3年で、その内の半分以上にあたる71世帯、241人が移住した。これらの人たちはシリンホト市の郊外にある移民村に住んでいて、乳牛の飼育をしたり、市の工場で働いたり、商売をやったり、或いは都会に出かけて、出稼ぎをしている。最初の頃は、皆さんはたいへん苦労していたようだが、3年も経つと、落ち着いてきた。」
ところで、草原の生態系を回復する対策は、移民という方法だけではありません。チャオコバテルさんの村がその一例ですが、自治区の呼びかけで、人々は従来の牧畜業のあり方を変えようと様々な工夫をしました。
例えば、家畜頭数の制限、春に放牧禁止期間を設けることや、草の様子に応じて、順番に放牧するエリアを決めることなどで、それに合わせて、政府が牧畜民たちに相応の補助金を拠出しています。
さらに、もう一つの工夫は、羊の繁殖時期の調整です。内蒙古の冬は寒いため、これまで、長い間、春に子羊を生ませることが習慣でした。しかし、春に生まれた子羊は、その年は、お母さん羊と一緒に冬を過ごして、翌年、大きくなってから初めて売られます。そうすると、冬中ずっと草原の草を食べなければいけなくなり、草の根まで食い尽くされ、翌年、春になっても芽が出なくなる可能性もあります。
このような事態を防ぐため、自治区の呼びかけで、冬にも生ませるようインフラ施設を整え、翌年の夏にはすぐに出荷して、放牧して草を食べる時間を減らすようにしています。
一旦危機に瀕した大草原の生態を元に戻すのは、容易なことではありません。しかし、シリンゴルの皆さんは一生懸命に頑張っています。過去の反省を踏まえた合理的な考えにのっとって、今後も引き続き頑張れば、きっと少しずつ、草原に再び、つやのある緑が戻ってくることを信じて、これからも応援してあげたいです。(取材・文:王小燕)
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