これにみんなは黙ってしまった。すると殷公が苦い顔して「なんだよ!みんなそんなに怖いのか?」とこぼす。これに友人たち「そんなことはない。ただ誰が行くかを待っているだけだ」と言い訳した。
「仕方がない。私がいこう」
「え?本当かい」
「ああ。うそはつかないよ」
「酒の勢いでいっているんじゃないだろうな」
これに殷公はむっとなった。
「君たちは私を知らないな。まあいいや、明日の午後にでもいってやろう」
ということになった。で、言い遅れたようだが、実はこの殷公、学問があるだけでなく、幼いときから肝っ玉が太い。殷公はみんなが怖がっている古屋敷とはどんなものが自分で試したくなっただけである。こうして次の日は、友達たちが酒と肴を用意して殷公を古屋敷まで送っていった。
「殷さんよ。念のため、僕たちはあそこの小屋で酒をなめて一晩中起きているから、何かあったら屋敷から逃げて出てきてくれ」
この好意に殷公はうなずいて微笑み、「うん、もし化け物でもいたら、私が捕まえてこよう」と答えた。これに友達たちはびっくりしたが、釣られたように「じゃあ、待っているよ」といい、殷公が屋敷に入っていくのを見送った。
こうして殷公は一人で屋敷に入り、月の光のもとに草が長く生えた庭を何とか通り抜け、母屋らしい建物の屋上に上がった。そこはいくらかきれいなので、今夜はここで休むかと持ってきた酒や肴を石台の上に並べ、周りを見たが、何もおかしなことはないようなので、ゆっくりと飲み食いし始めた。やがて月が傾き始めたころ、殷公はいくらか眠くなったので、「なんだ?この屋敷に化け物が出ると言いふらしたのは誰だ?」とあざ笑いして、杯や皿を片付け、その石台に上に持ってきた布を敷き、ごろりと横になった。そして酒の勢いでうとうとしていると、下の庭の方で足音がし、誰かがこの屋上に上がってくるようだった。酒に強い殷公は、すぐに起き上がろうとしたが、いったいこんな夜中に誰だろうとそのまま寝たふりをしていた。そして殷公が薄目でみると、それは白い服をまとった若い女子で、手に明かりをもっていた。女子は石台の上に人が寝ているのを見つけてびっくりして後ずさりし、あとについてきたものにいう。
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