最後は、同じく「太平広記」から「秋の夜の出来事」です。
「秋の夜の出来事」(李約)
甘粛で役人をしている李夷に李約という家来がいた。李約は頭がよい上に肝っ玉が太く、それに足が速いことから、李夷は李約を飛脚として使い、大事な手紙などはいつも李約に送らせていた。
と、ある年の秋、李約はいつもの通り、使いで都に大事な手紙を送り、宿で一晩休んでから翌朝帰途に着いた。その日の夜、李約はある森のちかくを通りかかり、体がだるくなってきた。今夜は夜通しで歩くくつもりだったが、実はどうしたことか宿で風邪を引いてしまい、それを押して宿を出て来たのだった。仕方がないので一休みしようとある樹にもたれて休んだ。が、そのうちに寝てしまった。ふと気がつくと、空には満月が出ていてあたりはかなり明るかった。
「いかん、いつの間にか寝てしまった」と李約は腰のひょうたんに詰めてある水で風邪薬を飲んで立ち上がり、さあ、いかなきゃと歩き出したところ、むこうから誰かがよぼよぼとこちらに歩いてくる。
「うん?誰だ?こんなときに?それにここらは人の住むようなところではないぞ?」
肝の太い李約のこと、夜半に歩き、時には襲ってくる賊をも退けたという腕を持つので、これにいくらか驚きはしたが、震えることはない。そこで懐の短剣を握り、相手の来るのを待った。来たのは、白髪頭の老人だった。そこでこちらが黙っていると、その老人は、杖をついており、同じように樹の下にくると、うなったまま座り込んでしまった。
これに李約はなおも黙っている。しばらくして何も起こりそうもないので、李約がその場を離れようとすると、老人がはじめて口を開いた。
「旅のお人!わしは咸陽まで行きたいのじゃが。歳をとっているのでこれ以上歩けんわい。この老いぼれを哀れだと思って、しばらくでいいから負ぶってくれんかい?」
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