これを聞いた弟だという班牙が口を挟んだ。「どうだね。殷先生、今夜は泊まるところもないのじゃないかな」
「実は、私の行くところはここからかなりあるので」
「だろう!?だから、今夜はおいらたちがすんでいるところで一晩とまり、明日に出かけたら?」
「そう、そう。殷先生。どうかな?」
「え?そう出来ればわたしもありがたいのじゃが。お邪魔になりませんかな」
「いやいや。とんでもない。実は、先生にたのみたいこともあるので」
「ほうほう。医者の私に?はい、では、遠慮なく今夜はお邪魔しましょう」
ということになり、殷元礼は二人の男についていった。そしてある崖の下にくると、大きな木造の家が建っていて、中は薪を燃やして明かりと、そんなに明るくないがものははっきり見える。このとき、殷元礼はこの二人の男が恐ろしい顔をしていることにはじめて気付いた。が、もうここまできてしまったことには逃げ出しても無駄だだと考え、後は運に任せるだけだと逃げずにいた。と、そのとき、奥の部屋でうめき声がした。そこで二人の男に聞こうとしたが、二人はその部屋に行ってくれという。そこで殷元礼が恐る恐る行ってみると、中では一人のばあさんが床に臥している。
「これは・・」
「おいら兄弟の母だよ。実はデキモノができて、苦しんだいるんだよ」
「それで先生にうちに来てもらったというわけだ・・」
「ああ、そうでござったか。どれどれ」と殷元礼は薬箱を荷物から出してその部屋に入り、寝ているばあさんの具合を見た。そしてこのばあさんも、二人の兄弟と変わらぬ恐ろしい顔であるのを見て、今となってはどうしようもないとあきらめ、ばあさんの手当てを始めた。
みるとこのばあさんの口の横に大きなデキモノが出来ていて、膿んでいる。そこで勇気を出してばあさんに聞いた。
「痛むかね?」
「これはお医者かね。すまないね。わしはデキモノが痛くて何も口に入れられんでしてのう」
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