「ああ。私は今日ここで死ぬのか」と殷元礼が観念したそのとき、不意にどこからか二頭の大きな虎が走ってきた。これを見た狼たちは殷元礼を放して逃げ出し始めたが、虎が大きく吼えると、狼たちはその場に臥してしまった。こうして二匹の虎は、驚いて目を丸くしている殷元礼の前で、狼たちをかみ殺し、どうしたことか殷元礼をほったらかしてどこか行ってしまった。
これを見た殷元礼はハアハア言いながらその場でしゃがんでいたが、そのうちに元気が出てきたので立ち上がり、びくびくしながら先を急いだ。
と、しばらくして一人のばあさんがこちらにやってきた。そして殷元礼が狼に噛み千切られたぼろぼろの服を着ているのを見て「あれまあ。先生、大丈夫ですかのう?」という。
これに殷元礼はきょとんとし、いくらか恐ろしい顔をしているこのばあさんの顔に見覚えあると思った。ばあさんは自分を見ている殷元礼に「先生。ごくろうさま。さあ。さあ。こちらへどうぞ」と殷元礼いう。
「あんたは・・?」
「ああ、私は三年前、崖下の家で先生に口の横のデキモノを治してもらったものですよ。お忘れですか?」
「ああ。あのときの、これは、これは・・」
「さあ、さあ、こちらへどうぞ」
こういってばあさんは殷元礼をある小屋に案内した。見ると、中の卓上には酒や肴が並べてある。
「先生。何もないが飲んで食べてくだされ。この間は本当に助かったよ。もし先生が、わしの二人の息子についてこなかったら、わしはどうなっていたことか」
「それは良かった」と殷元礼が老婆の口元を見ると、デキモノが治った跡が残っていた。
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