こうして六日目に夫婦と娘はやっと店を開けたが、数日前に売りはじめたばなりなのに、劉姉さんの歌が聞きたいため売るのをやめて残ってしまった豆腐を思い出した。そして入れ物を開けてみると、なんと豆腐にはカビが生えており、これじゃあ売り物にならんと父はいくらかがっかりした。母の方は、劉姉さんの歌を久しぶりにたっぷり聞いたので、そんなことには耳を傾けず、また興奮している。これに父ははいくらか頭に来て、カビの生えた豆腐を全部捨ててしまおうと言い出した。しかし、父が横目で睨んでいるのもかまわず、せっかく苦労したので捨ててしまうのはもったいないとといい、買ったばかりの大きな甕にこれらカビの生えた豆腐を並べ入れて塩と地元のうまい酒を沢山ばら撒き、蓋をし裏小屋にしまっておいた。
で、次の日からまた忙しくなり、三人はカビの生えた豆腐のことなどすっかり忘れてしまった。
さて、その年は日照りで、作物は多く獲れなかったが、それでも役所は、民百姓の暮らしなどかまわず、いつものように年貢を納めるよう求めた。こうして人々の暮らしにいくらか困るようになり、豆腐を売れ行きも落ちてきた。そこ豆腐を作っても余る日が多くなり、一日作る豆腐の量はいつもの半分に減らさなくては損するようになった。ある日、父が豆腐を作る釜の前でため息ついていると、娘が年の初めにカビが生え売り物にならなくなった豆腐を甕に入れて裏の小屋にしまったことをふと思い出した。
「ねえ。父さん、裏小屋にしまった甕の中のカビの生えた豆腐、覚えてる?」
「ええ?あ、あの売り物でなくなった豆腐のことか?あんなものしまっておいても何にもならんぞ。あのときにカビが生えたんだから、今頃は腐ってしまってるよ。早く捨ててしまいな。さもなきゃ、あの甕にくさい匂いが付いて使えなくなるぞ」
「そうかしら。あれ以上痛まないように、母さんと一緒に塩やお酒を入れといたんだけど」
「馬鹿なことしたもんだ。塩と酒がもったいないのに」
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