これを聞いていた母が言った。
「そんな、みてみなきゃわからないでしょう?カビが生えただけのときに、塩とお酒をあれだけ入れたんだもの。食べられるどうかは、あの甕の蓋を開けてみないとわからないわよ」
「お前たちも頑固だなあ。?腹がへったわしに腐った豆腐を食べ、腹をこわせというのか!っとにもう!仕方がないやつらだ!」と父は怒り出したが、娘は、それでも、あの豆腐がたべられたらそれは幸いと思って、大きな箸を手に小屋に向かった。そしてかの甕の上のほこりをきれいにふき、少し少し蓋を開けてみると、不意になんともいえない香りが鼻に来た。
「あれ?これは・・」と持ってきた箸で甕のなかから豆腐を一つ取り出してみた。それは四角い形を保ち、一緒に入れた酒の色がいくらか移り、元のカビなどなくなっている。それにどろどろした濃いたれが付いていて、つやが出ているみたいだ。
「あのカビの生えた豆腐か、どうしてこんなになったのかしら?」と娘はその豆腐の匂いを嗅ぎ、急に一口食べたくなったので、がぶりとはやらず、左手で少しだけ摘み取り、眼をつぶってそれを舌の上にのせてみた。するとどうだろう。これまで口にしたことのない味、つまり塩辛いが酒の味が濃く、またいくらか甘みをふくんだ味噌みたいな味がして、それが舌の上で解けてしまうようだった。あまりにもおいしいので、娘はいくらか興奮し、暫くそのままでいた。そこへ、娘が小屋に入っても暫く出てこないのでどうしたのかと母が様子を見にきた。
「おまえ、こんなところでなにしてるんだい?それは・・」と母は小屋に入ったときに、かの香りを匂いで「うん?」と声を出した。
「これは、なんだね。とてもおいしそうな匂いだけど・・・」
「あ、かあさん」
「おお?それはなんだい?あのカビの生えた豆腐かえ?いい匂いがするねえ。こりゃあ初めての匂いだ」
「わたし、いま少し食べてみて、あまりおいしいのでぼけちゃったわ」
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